空の楽園 《4》
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作者:
Gard
2008年05月03日(土) 01時02分27秒公開
ID:FgQH.1PVdEo
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第4話 動き出す出会い
周囲の視線の中、どうしようかと嘉夏が自分たちと地面の穴を交互に見つめていると、車のエンジン音が聞こえてきた。 ゆっくりと首を音の聞こえてくる方に向ければ、それは校門の向こうで。やがて大きくなったエンジン音は、黒のリムジンとして視界に飛び込んできた。 リムジンは校門の前で止まると、赤のスーツを纏った女性を吐き出した。彼女はスーツと同じように赤いパンプスで嘉夏達の方へ歩いてくる。 今まで嘉夏達に向けられていた好奇や疑念が混じりあった視線がすべて、唐突に現れた赤で統一された女性へと向かう。
「大丈夫かしら?」
近くまで来てから掛けられた声は、落ち着いたアルト。 声無く頷きながら、嘉夏は女性の顔をマジマジと見る。黒髪に、色素が薄いのか灰色掛かった少し切れ長の瞳と、シャープな輪郭。だがその表情は厳しさを与えず、妖艶さを醸し出しているように思う。
「そう。……でも怪我の手当ぐらいしないとね?」
微笑みを浮かべると、彼女は後からやって来た運転手にちえを抱えさせ、自分は嘉夏を引っ張り立たせた。
「歩けるかしら?」 「……大丈夫です」
右足を引き摺りながらも歩いていくと、リムジンに押し込められるように乗せられた。 リムジンの中の座り心地のいい座席には、先にやって来たのであろう運転手の手によって、気絶したちえが寝かせられている。ぱっとだがこうして見たところ、彼女には傷一つ無いようだった。 それに安堵しながら成り行きを見守っていると、女性も乗り込んでくる。
「出してちょうだい」
アルトの声が運転手にそう告げると、リムジンは静かに発車した。 走り出したリムジンの中でなんとか寝かせられたちえの近くに行き、その目蓋の上に左手を置きながら向かいに座った女性を嘉夏は見つめる。
「病院に連れて行ってくれるんですか?」 「いいえ」
女性の答えは、嘉夏が望んだものではなかった。 眉根を寄せ、訝しげな様子を隠すことなく嘉夏は言葉を紡ぐ。
「未成年者略取誘拐……」 「そんなつもりはないの」
ふっ、と柔らかな笑みを浮かべ、女性は嘉夏の怪我へ視線を流す。
「そんな怪我、どうして出来たのか。聞かれては困るでしょう?」
あなたに説明できて? そう言われ、眉を顰めながらも右手を降参のポーズで上に掲げる。左手はちえの目蓋の上に置かれたまま。 嘉夏のその行動に、女性は小首を傾げる。
「どうして彼女の目蓋に手を乗せているのかしら。すぐには目覚めないわよ、その様子では」 「それでも、念のためです」
軽く溜息を吐いて、嘉夏はちえへと視線を移す。
「ちえは……彼女は、赤い色が嫌いなんです。嫌悪しているんです。畏れているんです。憎んでいるんです。だから、それが起き抜けの目に入らないようにって思って」
女性のスーツやパンプスは赤一色。つまりそれはちえの嫌いな色。それが目に入ることの無いよう、嘉夏は左手で押さえている。 その左手に付いていた血は、リムジンに乗る前にハンカチで拭き取ってある。完全には取れなかったものの、ちえの目蓋に付くことはないし、目蓋の上に掌を乗せている状態では見ることは出来ないだろう。
「優しいのね」 「…………どうでしょうか、ね」
苦笑の形に唇を歪める。 だがその瞳は相変わらず冷静に女性を映し続けている。観察するかのような視線に、今度は女性が苦笑する。否、実際嘉夏は観察しているのだろう。
「まぁいいわ。……今向かっているのは私のビルの一つよ。といっても、もっぱら私事のための場所と化しているのだけれどね」
リムジンの向かう先を告げ、女性は肩口で揺れる黒髪を手で無造作に払ってから右手を差し出す。
「生山有子よ。よろしくね」 「…………新堂嘉夏です」
少し躊躇ってから嘉夏は有子の差し出した右手を握る。
「『しんどう』?」
小首を傾げ、有子は嘉夏をマジマジと見る。
「……ええっと、進む藤って書く?」 「いえ、新しい堂ですけど」 「……………………あら、新堂財閥のお嬢さんだったの」
心底驚いた、といった風に有子は口元に右手をあてる。 それからじっくりと嘉夏を見つめ、
「お母様似かしら?」
唐突に言った。
「少なくとも、性格の面では父似ではありませんね。生山グループの若きリーダーさん」 「有名かしら?」 「父に聞かされているだけです」
にっこりと微笑んでから、嘉夏は一度窓の外へ視線をずらす。 高層ビルの建ち並ぶオフィス街に入ったらしい。街行く人の姿は、スーツ姿が多いように見える。外回りの営業マンといったところだろうか。まだ外回りを続けているのか、はたまた会社へ戻るところか。
「……本題に、入っていただけますか? 私達をこうして連れてきたのには何か理由があるんでしょう?」
そうじゃなければ訴えられても仕方ありませんよ。 言って、有子の目を真正面から見つめる。 真剣な表情になった有子は、そうね、と呟いて暫く間を開けてから口を開き、言葉を発した。
「天使の存在を、あなたは信じるかしら?」 「天使、ですか?」
有子の言葉に眉を寄せ、訝しげな顔をする嘉夏。そのような表情をしてもおかしくはないだろう。何せ天使など、普通の会話で出てくるような単語ではない。
「お伽噺に出て来るような?」 「正確に言えば、役割は違うらしいのだけれど。そうだと考えて貰っていいわ」
更に眉を顰める嘉夏。何が言いたいのかと問い質したいようだ。
「信じなくても結構なのだけれどね。普通、そういうモノと人間は、接触しないものだから」
言って、有子は軽く溜息を吐く。 座席に深く腰掛け、背もたれにもたれ掛かり足を組む。スーツのスカートから出ている足は、年頃の少年少女の目に毒かもしれなかった。 それでも顔を逸らすことなく、嘉夏は有子の目を見続ける。
「…………天使は存在したのよ。そして、今はこの世に生きる人間の中に転生しているの」
突拍子もない話、だった。
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- ■作者からのメッセージ
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どうも、Gardです。
空(から)の楽園第4話をお送りいたしました。 新しい投稿場所になりましたね。今度は「天使の休日」というそうで。 …………なんてナイスな!(親指ぐっ) それに、前書きなんて機能が付いてますよ。凄いです。 閑話休題。 いよいよ物語の大切なキーワードである「天使」が出てきました。 ちなみに出てきた有子さん、別に魔女とかじゃあないですからご安心ください。次元を渡らせることとか出来ませんから。願いも叶えられませんから(解る人だけお楽しみください) 次回はもうちょっと「天使」について語れるといいな。
それではここまで読んでくださりありがとうございました。 この話を最初から見たい方は「旧自動投稿小説」で作者(Gard)を捜してください。
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