タカラモノ |
作者: 神田 凪 2008年05月06日(火) 14時16分02秒公開 ID:Fpk3UqE6X6I |
あの頃は、何にでも興味が沸いた。 冒険だと言って家の近くにあった小さな森の中で一日中遊び回った。 きらきらと木々の間から流れてくる太陽の光。 さらさらと冷たくて気持ちいい水の音。 何もかもが新鮮で、嬉しくて、 でも、今は思い出せない。 あの頃の・・・自分の笑顔を。 「あれまー、恒吉さんとこの悠太くんじゃないけ?」 その声に視線を向けると、農作業をしていたのか土で汚れた作業服を着たお婆さんがいた。 その顔に見覚えがあった。少し目を細めながら、穏やかな顔をしたお婆さんに挨拶をする。 「お久しぶりです」 「大きくなってぇ。ああ、そうか。良紀さんの葬式にきたんだねぇ」 「はい」 良紀とは、俺の祖父のことだ。お婆さんの言うとおり、先日亡くなった祖父の葬式に参加するため俺は故郷に帰ってきた。 大学に進学するため、都会に出たっきりで帰ってこなかったため、もう10年も経つ。 「まさか、あたしらの中で先に良紀さんが先にいくとは誰も思わなかったねぇ。一番元気で毎日笑顔だったから」 「そうですか」 10年も会ってないと、祖父の様子などまるで頭に浮かんでこなかった。まるで他人の話を聞くかのように相槌をうつ。 俺が祖父のことで覚えているのは、小さいころよく頭を撫でて貰った時のごつごつした大きな手。それだけだった。 何て薄情なんだろう。あんなに可愛がってもらってたのに。お婆さんが言っていた、祖父の笑顔も思い出せない。 「あぁ、悠太くんと言えば、森には行ったかい?」 「もり? あの家の近くにあった?」 「そうそう。悠太くんだけだったからねぇ。あんな薄気味悪い森で毎日の様に遊んでいたのは」 その森は木々の密集が激しくて、昼間でも薄暗かった。そのため、小さな子供はおろか大人達もあまり近づこうとはしなかったのだ。 なつかしい。だが、今なぜその話題をするのだろうか。 「その森が何か?」 「何でもねぇ、あの森無くなるみたいでねぇ」 「無くなる?」 「この村も若い者がどんどんいなくなったからねぇ。あそこにマンションでも建てて人を呼び込むと村長が言ったんだよ」 「・・・そうですか」 その時、何とも言えない気持ちになったのは・・・たぶん、気のせいだ。 『久し振りに、行ってみたらどうだい?』 お婆さんの言葉に頷き、森に来ていた。相変わらずそこは薄暗く、よくここに来ていたな、と思った。 何にも手入れされていないそこは、まるでジャングルに来ているかのように思える。昔はそれで探検者の気分になったものだ。 昔は、綺麗で宝物の様に思えたのに・・・今見るとどこにでもある森の風景だ。 やはり、子供の目ではそんな風に感じてしまうのだろうか。 ハァ、と思わず溜め息を吐き帰ろうかと足を戻した。 その時―――― 「お前、誰?」 ビクッと肩が揺れた。いきなり聞こえた声に、心臓がバクバクと音をたてる。 慌てて振り向くと、そこには子供の姿があった。さっきまで・・・誰もいなかったはずなのに。 子供は、赤の半袖のTシャツに黒の半ズボン。頭にはツバが少し破れている緑の帽子を被っていた。 不審気にこちらを見ている。 「ここは、俺しか知らない場所だぞ。出ていけ!!」 声変わりもしてない子供特有の高い声が、耳の中で木霊する。それで頭にきて、つい大人気なく言い返してしまった。 「何が、俺しかだ。ここに住んでいる奴はみんな知ってるだろうが」 「うっ・・・で、でも、俺以外みんな入ってこないから・・・ここは俺のもんだ!」 何じゃそりゃ。子供の言い分はよく分からない。 だが、俺の次はこいつの遊び場になったわけだ。似たような奴はどこにでもいるわけか。 しかし、 「だけど、お前ここもうすぐ無くなるんだぞ。他の遊び場を探した方がいいぞ」 そうだ。可哀想だが、ここはもう遊べなくなる。新しい所を見つけた方がいい。 そう思って忠告したつもりだったが、子供は不思議そうに見ていた。 「何言ってるんだよ。ここが無くなるわけねーじゃん」 ん?と今度はこちらが首を傾げた。何だ、この子供は知らないのか?それともあのお婆さんが嘘をついたのか? 「だが、村長がそう言ったって・・・」 「今日村長に会ったけど、そんな事一言も言わなかったぜ」 何だろうかこの食い違いは。もしかしたら、この子供が悲しまないように大人達は言えなかったのかもしれない。 子供から遊び場を奪うのは、やはり悔いがあるのだろう。 「それより、おじさん何でここにいるんだよ」 「お、おじさん!?」 ショックだ。初めて言われた言葉に、グサッと矢が刺さった気がした。 「あのなぁ、俺はまだ28だ」 「おじさんじゃん」 何なんだ最近の子供はみんなこうなのか? 俺が子供の頃は・・・・・・・・・いや、何か似たような感じだったかもしれない。 そんな時、ピカッと突然眩しい光が目に入った。 何だ? とその原因を探すと、子供の手からだった。 「坊主、何持ってるんだ?」 「あ、これ?」 素直に俺の前に見せてくれた。それは、青色のガラスの欠片だった。 これに太陽の光が反射したらしい。 「坊主、」 ―――こんなモノ、早く捨てた方がいいぞ そう言うつもりだった。だが、顔を上げて子供の顔を見たとき、何も言えなくなった。 「こんなに綺麗なもん見たことねーだろ! きっとこれ宝石だぞ!!」 嬉しそうに話す子供。 ああ、・・・何て綺麗なんだろう 純粋に信じるその笑顔。何も知らないからこそ、想像する。 子供だから、子供だからこそ広がる小さいけれど何よりも綺麗な世界。 俺も、こんな時期があったけ? いや、あったはず。 会社に入社し、仕事に追われ日々忙しく過ぎていった。昔のことを考える時間なんかなかった。 そうしたら、なぜかどんどんと忘れていってしまった。この森の出来事も。祖父のことも。 ・・・あの頃の自分も。 だけど、子供の笑顔を見た瞬間何かが重なった。 「そうだな・・・」 これはガラスだ。宝石なんかじゃない。 今まで生きた知識がそう邪魔をする。だけど、 俺には宝石なんかよりずっと、ずっと綺麗な存在に見えた。 「 !!」 森の入り口辺りから、何かを呼ぶ声が聞こえた。 それが聞こえた瞬間、パァッと子供の顔が明るくなった。 「じいちゃんだ!」 大好きなんだろう。きっとそのおじいさんのことが。それが簡単に分かるくらい、子供は嬉しそうに笑う。 こんな生意気な子供にこんな顔させる、そのおじいさんとやらはどんな人なんだろうか。後ろを振り向く。 「 −!? 」 ドクン、と心臓が音をたてる。 長い間生きた証でもある、しわくちゃになった顔。元は厳しそうな顔なのに、目尻が下がり優しく印象づける笑顔。 カチリと何かのピースがはまった気がした。 「じーちゃん!!」 俺の横を通り過ぎ、子供はそのおじいちゃんに向かって走り出す。 待て!! 待ってくれ!! 風のように流れる子供に向かって、俺は震える声で叫んだ。 「坊主!! 名前はっ!!」 走りながら振り返り、子供は一瞬不思議そうな顔をした後、ニーッと口元を上げる。 「 悠太 」 ザザーッと強い風が吹く。 再び目を開けると、そこにはたくさんの木々があるだけだった。 木に寄りかかり、ズルリと滑り落ちる。 「あ、ははっ、はは」 何に笑っているのか分からない。この気持ちはなんだろうか。 思い出すのはキラキラとした笑顔。あんなに忘れていたあの・・・。 「お前達が“見せて”くれたのか?」 視線を周りにある木々達に向ける。小さい頃たくさん遊んだ大事な『友達』 俺の言葉に応えたのか分からないが、優しい風が顔にかかる。 「ありがとう・・・」 もうすぐ無くなってしまう小さな遊び場。俺の力ではどうにでもならない。 村長だって苦しんで決断したに違いない。今は余所者の俺がとやかく言える立場ではない。 そんな木々達の、最後の俺への贈り物。 忘れていた、大事な・・・大切なキラキラとしたタカラモノ。 「ありがとう」 《 よーし、今日はあっちで探検だ 》 《 うわっ!! これきっと宝石だ 》 《 もう暗くなっちゃったなー、そろそろ帰るか 》 《 じゃあな、また、また明日!! 》 マタネ ダイスキナ ボクラノ トモダチ |
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