かごめ、中学3年の夏物語。 −第1章− |
作者: りんご 2008年07月06日(日) 01時43分42秒公開 ID:Bth7QKbWtKw |
ミーンミーンミーン・・・ セミの音が耳につく。 真っ青な空に白い雲。 中学3年の夏がやってきた。 「はぁ〜・・・」 かごめは思いっきりため息をついた。 「ちょっとどーしたのよ、かごめ」 絵里がかごめの顔を怪訝な顔で覗き込む。 「そーよっ。今日から楽しい楽しい夏休みだって言うのに」 由加が後ろからかごめの背中によびかける。 「なんか悩んでるなら話聞くよ〜?」 もう一人呼びかけてきたのは、あゆみだ。 学校の帰り道。今日は終業式であった。 学生にとっては待ちどうしくてたまらない、そんな季節である。 けれどかごめは違っていた。 「はああぁぁ・・・」 さっきより大きなため息をまたついた。 「もーため息ばっかりつかないでよっ。こっちまで気が滅入るじゃない」 「絵里の今年の夏の目標はかっこいい彼氏作ることだもんね」 「えっ、そーなの?」 かごめにとってそれは初耳だった。 「まーねっ。あたしもそろそろ彼氏が欲しいわけよっ」 「そーいえば・・・かごめちゃんは彼氏とどっか遊びに行ったりするの?」 あゆみの一言にかごめがギクッと肩をふるわす。 絵里と由加はそれを見逃さなかった。 「へぇ〜やっぱそーなんだ。いーよね、幸せ者はっ」 「もしかしてさっきのため息もそれ関係?」 二人の興味深々な顔がかごめに近づいてくる。 「そっ、そんなこと・・・」 かごめの額に汗がにじんだ。 暑いのではない。冷や汗である。 「あっ!んじゃワクド行こっか!そこでかごめの話聞こっ」 「賛成賛成っ」 「わぁ楽しみ〜」 (まっ、まずい・・・) そんな所行って何時間も質問攻めされる自分が想像できた。 「ごめーん!あたし今日ちょっと用あるからっ。先に帰るね!」 そう早口で言うと一目散に走り出した。 「あっ逃げたっ」 「逃げ足だけは早いんだから〜」 「不良の彼の話聞きたかったわね」 三人はポツンと取り残されていた。 「まったく・・・それどころじゃないわよ、夏休みなんて・・・」 自分に夏休みがないことくらい承知の上だった。 どうせまた戦国で妖怪退治の日々が待っている。 「きっともう来てるんだろうな・・・」 いるであろう人物の顔を想像しながら、かごめはのろのろと神社の階段を上っていく。 ・・・見えてきた。その人物が。 鳥居の上でかごめが帰ってくるのを今か今かと待っていたようだ。 かごめの姿を一目見ると、その人物はシュタッと軽やかに鳥居から飛び降りた。 「おせーぞっ。かごめ」 「・・・犬夜叉」 紅い着物をまとった銀髪に犬耳・・・という異様な姿の少年がかごめに近寄る。 「ぐだぐだしてる暇はねーんだ。とっとと戻るぞ」 「ええっ!?今から!?」 かごめは大声をあげた。 「なんだよっ、三日たったら迎えに来るって言ったじゃねえか」 「それはそうだけど、まだ行く準備全然してないんだもん。明日まで待ってよ」 「あ、明日だぁ〜!?」 犬夜叉の怒鳴り声が神社に響いた。 「だっ、だってっ、しょうがないじゃない。いろいろ忙しかったんだもん」 「てめえ、四魂のかけらを探す気あんのか!」 「あるわよっ、でもいいじゃない・・・明日まで待ってくれたって・・・」 かごめの瞳が揺らいだ。 「なっ・・・」 犬夜叉がギクッと身をひく。 「なっ、泣くんじゃねえっ!!」 「じゃあ明日まで待ってくれるのね?」 かごめがすかさず犬夜叉に問う。 「し・・・しかたねーからな」 「やった!ありがとっ」 かごめの涙はすでにどこかへいってしまったらしい。 けれど犬夜叉にはこれが一番効果的なのであった。 「ふー・・・疲れた」 犬夜叉を井戸まで行って見送った後、かごめは自分の部屋に帰っていた。 さっそく荷物の準備を始める。 かごめは決して犬夜叉に会いたくないわけではなかった。 むしろ会いたかった。 でも今中学3年という受験をひかえたこの時期に戦国ばかり行き来していて大丈夫なのだろうか、 と不安になるのだった。 それにかごめの周りの友達は夏を満喫しようと計画を練ったりしている。 どう考えても自分は学生という青春から遠ざかっている気がしてならなかった。 (・・・でも、仕方ないのよね。四魂のかけらを集めるのを止めるわけにはいかないもの) かごめはもう一度ふうっと息をつくと、机の上の散らばった筆記用具やらプリントなどを片付けし始めた。 ふと、ある文字がかごめの目に止まった。 「林間学校・・・?」 それは明日からの林間学校についてのお知らせのプリントだった。 かごめは一通り目を通した。 「強化学習会もあるっ!炊事とかも自分でやるんだ・・・楽しそう」 行きたい。でも。 『てめえっ、四魂のかけら集める気あんのか!』 さっきの犬夜叉の顔が頭を過ぎった。 「やっぱ駄目だ。これ以上こっちでいるなんて言ったらめちゃくちゃ怒るだろうし・・・」 かごめはプリントをくしゃっと握りつぶすとゴミ箱に捨てた。 「さっ、掃除して準備しよっと」 あたしは普通の中学生とは違う。楽しい夏休みなんてありえないんだから。 そう、自分に言い聞かせてリュックに物を入れ始める。 でも。ついついさっきゴミ箱に捨てたプリントに目が行ってしまうのだ。 そして林間学校で友達と楽しむ自分を想像してしまうのだった。 「・・・・・」 かごめはゴミ箱からプリントを拾い上げるとくしゃくしゃになったしわを丁寧に伸ばした。 そして今しがたリュックに入れた物を出して林間学校に必要な物を入れ始めた。 ジリリリリリリリリリ・・・・!! 「ん・・・朝か」 目覚ましを止めてかごめは大きく伸びをした。 かごめの心はもう決まっていた。 「ねーちゃん今日から林間学校なんだって?」 朝食の目玉焼きを箸でつつきながら弟の草太が問うた。 「もーまったく、かごめったら急に決めちゃうんだから」 ママが出来たばかりの目玉焼きをかごめのお皿に移しながらむくれている。 「まぁかごめもなかなか高校生活を満喫できておらんじゃろうから、しっかり楽しんでくるのじゃぞ」 じいちゃんが顔のしわを寄せて笑って言う。 すると草太が心配そうにかごめの顔を覗き込んだ。 「ねえちゃんさぁ・・・犬の兄ちゃんは大丈夫なの?」 ―――ギクッ!! 「そっ、そのことなんだけどね、草太に頼みたいことがあるの」 「何?」 かごめは草太の耳元でコソコソとささやいた。 「ん・・・分かった。伝えとくよ」 「草太、本当ありがと・・・」 急にママの声がかごめのお礼の言葉をさえぎった。 「かごめ!早くしないと遅刻するわよ!学校集合なんでしょ?!」 「わっ、やばいっ!行ってきまーす!!」 かごめは慌ててリュックを掴むと、一目散に家を飛び出した。 雲一つない青い空が広がっていた。夏休み初日にはぴったりの青空であった。 学校の運動場に集合の予定だった。 すでにたくさん人がいて、集合がかかるまでそれぞれの自由時間を楽しんでいた。 かごめも仲良し3人組の姿を探した。 「あ!いたっ」 なんなく3人を見つけることが出来たが、もう一人かごめの見たことがない男子が傍にいた。 どうやら3人と話しているようだ。 「あ!かごめちゃん」 一番にかごめに気づいたのはあゆみだった。 「かごめ、来てたんだ。体弱いし、来ないかと思ってたのに」 由加は驚いているようだった。 「あはは・・・最近は調子いいみたいだし、やっぱり参加したくってさ。 ところで・・・その人は・・・」 かごめは初めて見るその少年に目を向けた。 なかなかかっこいい。顔立ちも整っているし、身長もなかなか高い。 髪は金に近いくらい染めていて、学ランの着こなし方等から言って正直軽そうな人だと思った。 すると絵里がかごめに紹介し始めた。 「こいつは、あたしの幼馴染の稲子屋 亮【いなごや あきら】。 幼稚園の時から小学校も一緒だったんだけど、中学入ってから転校してたの。 つい最近また帰ってきたみたいなんだ。うちらと同じクラスだよ」 「え?でもあたし3日前から学校来てたけど、そんな人いなかったと思うけど・・・」 「あ・・・それは・・・」 「隣のクラスの奴殴って一週間停学になってたんだよ」 初めて少年が口を開いた。鋭く冷たい眼差しだった。 「停学・・・って」 (喧嘩っぱやいのかしら) 確かに不良なイメージを漂わせていた。言い方もかなりぶっきらぼうだった。 (とにかく!同じクラスなんだし仲良くしなきゃね) 「あたし日暮かごめ。よろしくね」 かごめは稲子屋の鋭い眼差しにひるむことなく、にこっと笑顔で自己紹介した。 しかし稲子屋は何も言葉を返そうとしなかった。それどころか目も合わせようとしない。 「ちょっと・・・人の話聞いてるの?」 「あんたさぁ」 稲子屋がやはり目を合わさずにかごめに言った。 「そうやって作り笑顔してて疲れねえ?どうせ俺のことを不良とかって軽蔑して思ってるくせによぉ」 「な・・・っ」 「ちょっと!かごめに失礼なこと言わないでよっ」 絵里が稲子屋に詰め寄ったが、彼はまるで気に留めていないようだった。 ―――グイッッ!! 気がつくとかごめは稲子屋の肩を掴んでいた。 さっきまでの笑顔はどこかへ消えていた。 「あんたねえっ!話す時はちゃんと相手の目見て言うのが当たり前でしょ!? それにっ、あたしはあんたのこと軽蔑なんかしてないんだから!なのにそういうこと言うなんて失礼よ!」 ―――八ッッ!! 気づくと辺りは静まり返っていた。誰もがかごめの方を見ていた。 (やばっ、またやっちゃった) かごめは恥ずかしくてパッと稲子屋の肩から手を放した。 「と、とにかく、そういうことだから!以後気をつけてね!」 かごめはくるっと向きを変えると集合のかかっている方向に早歩きで歩き出した。 「ちょっとかごめっ!」 「待ちなさいよ」 3人がかごめの後を追う。 「あんたもよくやるわね〜」 由加が感心した顔でため息混じりに言った。 「最近かごめちゃんさらに気が強くなったかもね」 あゆみも追い討ちをかけるように言う。 「う・・・それ以上言わないで〜恥ずかしい・・・ 絵里、ごめんね。絵里の幼馴染に向かってあんなこと・・・」 かごめはすまなさそうに絵里の方を見た。 絵里は笑って手をヒラヒラさせた。 「いいのいいの!気にしないで!あいつの言い方に問題があるんだし」 一方一人残された稲子屋の周りにはクラスの女子が集まっていた。 「稲子屋くん、大丈夫?」 「あの子ってばひど過ぎだよね!」 「・・・さっきのあいつさぁ、名前なんていうの?」 稲子屋は遠ざかっていく4人の方を見ながら言った。 「日暮かごめのこと?」 一人の女子が名前を口にした。 「日暮・・・かごめ・・・か」 稲子屋はふっと笑うと、もう一度かごめの去っていく背中を見つめた。 つづく |
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