Black Legend Act 01 |
作者: 米葉 2008年08月19日(火) 00時58分38秒公開 ID:p.DepPQZauE |
さぁ、もう一度始めよう。 哀しくも美しく、永遠を舞う黒の物語を。 Black Legend Act 01 「その者、獣につき注意せよ」 怖い程に静まり返った夜。 人の気配の引いたビルの地下にその男は居た。 木戸正人。数件の脅迫強盗の経歴を持つランクEとされる犯罪者。 その木戸正人の経歴が、今塗り替えられようとしていた。 客も従業員も寝静まった静かなホテルの地下駐車場に木戸は居る。 木戸の目の前、赤い軽自動車の中にはガムテープで口と手足を封じられた男が1人。 「悪く思うなよ、今の世の中じゃ、半端な犯罪じゃ意味が無いからなぁ!」 逆立った金髪の中から血走った眼で男を見下ろしながら木戸は声を荒げた。 世界に円満した悪意は、消える事なく増加の一途を辿っていく。 例え世界に否定され、賞金稼ぎたる抑止力が現れようとも。 この木戸もまた、犯罪と言う世界の歯車を動かす1つの欠片。 「っ!!!」 ガムテープで声を奪われた男は呻きながら悪意から逃げようと必死にもがく。 例えそれが意味のない行動だとしても、木戸の手に銀色に光る刃を見てしまった。 無機物の持つ特有の鈍い光を、現実を目にしてしまえば弱者はただ震える事しか出来ない。 そういう意味では、逃げようと抵抗できるだけこの男は強いのかもしれない。 「心配すんな、ちょっと痛いだけで、すぐ終わるからよぉ!」 木戸はある意味で正しく狂っていた。 正常な意識を持っている人間であろうとも、その裏に秘めた狂気を持っている可能性はある。 最初は些細な出来事から足を踏み入れてしまった犯罪の世界。 その世界は実力だけがものを言う唯一無縁の世界。 誰を頼る事も出来ず、入り口はあれど出口は無い永遠の闇の世界。 しかし、ソコに蜜を見出してしまえば、人間はその牢獄から逃れる事は出来ない。 「こちら、ウルフ…… 目標を確認した」 今、正に木戸の刃が振り下ろされようとしていた矢先、地下駐車場に現れたもう1人。 「だ、誰だ!」 銀のナイフを構えたまま木戸が振り返る。 ソコに居たのは全身を黒尽くめで覆い隠した男だった。 黒いロングコートにフードで頭を隠しているが立派な体躯から男と判断できる。 サングラスで覆われた瞳の奥を見抜く事は出来ないが只者ではないと気配が語る。 「ランクE、木戸正人だな?」 黒尽くめの男は静かに告げ、不敵なまでに大胆に唇を持ち上げて笑ってみせた。 「てめぇ、賞金稼ぎか!」 木戸は手にしたナイフを握りなおし黒尽くめに対峙する。 この瞬間、木戸の視界から軽自動車に押し込んだ男が消えた。 先ほど言った通り、木戸はある意味で正しく狂っている。 目の前に自分より強力な気配を持つ者が現れたのであればそれに対し全力で対峙しようとする。 生物の本能が、目覚めたかの如く、木戸は血走った目で黒尽くめを睨み付け続けている。 「おーおー、そんな怖い顔すんなよ、ランクE程度の小物がよ」 黒尽くめの男は顔に浮かべた笑みを消そうともせず、挑発の言葉を発する。 ≪ウルフ、余り挑発するな、目的だけを遂行しろ≫ 黒尽くめの男の耳に嵌められたヘッドホンから静かな声が響く。 「わーってるよ、お前さんは心配しなくて良いから黙って見てな」 黒尽くめの男、名はウルフ。 彼は黒衣の背中に背負っていた何かを取り出すと躊躇わずに引き抜く。 ソコに現れたのは怖ろしいまでに輝く刃渡り1mはあろうかと言う片刃のノコギリだった。 「先に言っとくぜ、木戸正人…… 俺は強いからな」 全身を黒で塗り固めノコギリを取り出した男を見て木戸の目に一瞬だけ冷静さが戻る。 何かが頭の中を駆け抜けるような衝動の後、瞬時に悟った。 「オマエは……!!!」 愕然とした表情の木戸は何処か納得したような顔付きに変わって行く。 同時に銀色に光るナイフを硬く握りしめて、黒尽くめの男、ウルフに対して走り出す。 「オマエを殺せば、俺は、俺はぁぁあ!!」 勢い任せに走り込む木戸の足音が地下駐車場に響き渡る。 ソコにあるのは確かに生きた男の発する音だった。 「チッ、つまんねぇヤツ」 だが、時に圧倒的な力は残酷なまでに現実を打ち鳴らす。 鈍く鋭く、鋭利な刃物であると同時に鈍く輝く鈍器が身を砕く音。 「ぎぁァアアア!!!!」 悲痛な木戸の叫びが地下駐車場に響き渡る。 血飛沫が舞い、辺りに絶叫と共に生暖かい鮮血が降り注いだ。 「あ、あぁぁああ、嘘だ、嘘だぁぁ!!」 叫ぶ木戸は自らの右手を見下ろしながら絶望的な声を上げる。 ソコにあるべきモノが無い。 先ほどまで銀色のナイフを握りしめていた右腕の手首から先が粉断されている。 ノコギリによる圧倒的な力の暴力で、身を引き裂き、砕かれた。 大量の血液が流れ落ち、涙と嗚咽が響き渡る。 「ったく、だから言ったろ? 俺は強いってよ」 弱肉強食を具現したような景色だった。 先ほどまで獲物を捕食しようとしていた肉食獣は更なる巨大な恐竜によって喰い散らかされる。 「バード、聞こえてっか?」 ウルフは右耳に嵌めたヘッドホンに手を添えてまた別の者に呼びかける。 ≪……救急を手配した、5分もあれば着く≫ 耳元から聞こえる声にウルフは笑みを浮かべながらノコギリについた血を振るい落とす。 「流石、これだからお前と組むのは楽でいいぜ」 ≪勝手な事を、後始末するこっちの身にもなって欲しいものだな≫ 「へいへい、わるぅございました」 サッと血を振り払ってからノコギリを仕舞い背負いなおすとウルフは木戸に向き直る。 「その傷じゃ死にはしねーよ。血を流しすぎないように縛っときな」 すぐに救急車が来る。と追加してウルフは木戸に背を向ける。 先ほどまで響き渡っていた狂ったような叫びと悪意は瞬く間に潜み、地下駐車場は沈黙を取り戻す。 軽自動車の中に居た男は自分の目にしたものが信じられないとばかりに傍観に徹していた。 「……あぁ、忘れる所だった」 駐車場を後にしようとしていたウルフは立ち止まり振り替える。 「俺の名はBlack Wolf 忘れんなよ、またお前が悪意に染まるなら…… 今度は殺す」 ウルフは自身をBlack Wolf(ブラック ウルフ)と名乗った。 その意味を木戸は理解する事は出来ない。 ただ自らを破壊した圧倒的な存在に畏怖を感じ慄く意外に術を持たなかった。 その男、黒い狼は獣に付き注意せよ。 彼の前で闘争本能を曝け出してはいけない。 圧倒的な牙によりその身を砕かれる事になるだろう。 |
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