#学園HERO# 1話 |
作者: 神田 凪 2008年09月15日(月) 16時27分03秒公開 ID:Fpk3UqE6X6I |
権力者達の子供が集う学園 【古閑学園】 まるで世界を社会を表したそこは、力がすべてだった。“上”の者に気に入られようと誰もが必死になり、“上”の者たちはそれが当然だと見下す。 それが当たり前のこの学園に現れたのは、ヒーローを名乗る謎の仮面男。この学園の生徒のはずなのに、平気で“上”に楯突く。何が目的なのか、何を考えているのか。誰もそれに気付かない。 学園HERO - story 1 - ヒーローの正体、は 「安達様」 その声にゆっくりと振り向く。視線の先には、頬を赤く染めうつむく少女の姿。ふわふわの髪に薄く化粧をした顔。誰が見ても、美少女に分類されるであろう。だが、安達と呼ばれた少年は表情も変えなかった。ただ、少女をじっと見ている。その視線に耐えられなくなったのは少女の方だった。 少年、安達悠(あだちはるか)はそんな少女の上をいく美少年だった。外国の血を受け継いでいるのか銀の髪に翡翠の瞳。肌は雪のように真っ白い。だが、その表情は人形のように動かない。 「何の用でしょうか」 声変わりもあったのだろうが、それでもアルトの声は耳に心地よく残る。 「あ、その」 更に真っ赤になったその少女の様子で、周りで見ていた他の生徒達は何が起こるのか予想がついた。そして、あの安達悠がどんな返事をするのか皆興味に引かれた。悠の家は学園では“上”とされる家柄だった。IT関連の企業で主に外国との契約が多く、世界中の政治家達の知り合いも多い。それに伴い悠のこの容姿で彼は学園の女子の憧れの的だった。ほぼ毎日のようにこのような告白を受けているだろうが、彼にはそのような色事の噂は一つも無かった。 「私、安達様のことが「安達様ー!!」 決心した少女の言葉を遮り、安達を呼ぶ声がその場に響く。皆の視線がその方向へと向かう。廊下の方から大きく手を振り、走ってくる男子生徒の姿をとらえた。 「・・・コン」 ぽつり、悠はそう呟いた。別に鳴いたのではないこれはあの男子生徒を指した言葉だ。 「安達様、探しましたよー。食堂にいませんでしたから、何かあったのかと思いました」 コン、と呼ばれた彼はその名に相応しく狐顔だった。目が細く口元を上げ笑う彼の姿は絵本でよく見る狐にそっくりだ。悠とは違い、黒の髪に瞳は細くてよく分からないが黒だろう。つまり純粋な日本人だ。 彼の名は、櫻井多喜(さくらいたき)。家はそれなりの会社を経営しているが、学園では中流とされる位だ。それに彼は四男で、上の兄弟が死なない限り後継者として名は上がらないだろう。つまり、学園の中では彼の存在は薄かった。しかし、彼は有名だった。なぜか? それは安達悠に気に入られているからだ。誰からも羨望の目で見られる悠にお近づきになりたい人はそれこそたくさんいる。なのに、彼の側にいるのは多喜だけだった。どうして? なぜ? 多喜の家は安達グループが好むほど力はない。ということは、悠本人に気に入られているということだ。そう考えてよく見ると、すぐに皆納得した。 「安達様、食堂では既に席をとりました。今日は何を召し上がりますか? あ、荷物持ちますよ」 学園では、世話役を入れるのは禁止だった。メイドや執事、彼らはそれに世話されていることが多い。そのため、下の者は、上の者の使いとして過ごすことが多かった。それで気に入られることも出来る。俗に言うパシリだ。だから皆、ああ何だ、と理解した。多喜はきっと使いがうまいのだ。臨機応変に対応し悠の近くに寄れたのだ。そして安心する。そうだ、俺が、私が、選ばれなかったのは自分のせいではない。あの櫻井多喜がこの学園で暮らすにはこんな方法しかないのだ。でも、自分たちは違う。自分たちは後継者として名もある。他に方法はまだある。・・・そう考える。 「あ、安達様・・・」 戸惑った少女の言葉に、ああ、と少女の存在を思い出した。 「申し訳ありません、高宮嬢。私はこれで、」 後ろで悠を止めようとする少女の声が聞こえるが、悠は気にも止めず廊下を進む。思わず、少女は悠の腕を掴もうと手を伸ばしたが、別な手によって止められた。悠と自分の間に入り、離れさせる。悠はそれを一瞥しただけで、歩みを止めず進んでいった。 「高宮嬢、安達様はお忙しいので」 櫻井多喜だ。ニーッと先ほどから変わらない笑みが今では不気味に見える。それでも、少女は悠に目も向けられなかったことの悔しさで頭がいっぱいだった。どうして、何でこんな奴に負けた感じになるのか。自分より家柄は悪く、特にこれといった秀でたものなど何もないこんな奴にどうして!! 「黙りなさい!! 私は貴方ではなく安達様に用があるのです!! そこをどきなさい!」 羞恥と悔しさ、と今度は別な意味で真っ赤になった顔で彼女は叫んだ。その声は廊下中に響き、今まで少なかった周囲の数が野次馬で多くなっている。だが、二人ともそのことに気付いていないのか言い合いは止まらない。 「ええ、ですからその安達様が迷惑だと思うのでこうして私が止めているのです」 カッと彼女は頭に血が上った。パァン、と乾いた音がその場に響く。ざわついていた廊下が一瞬にして静まった。 「あ、」 何をしてしまったのか、気付いた彼女は顔が真っ青になった。多喜の頬が片方だけ少し赤く染まっていた。それを撫で、視線を少女に戻した多喜は・・・笑みを崩してはいなかった。それどころか、更に深くなった気がする。少女は力が抜けたのか、膝を床についた。ガクガクと微かに震えている。 手を出してしまった。安達悠のお気に入りに。 「気が済みましたか? それではこれで」 そう言うと、既に姿がない悠を追いかけようと背を向けた。 「あ!! ・・・あ、の」 少女はそれを見て慌てて声を出したが、言葉になることはなかった。 謝らなくては。このことをもし悠が知ったら、その事で悠の気にでも障ったら・・・。その事を考えると震えが止まらない。 そんな少女を振り向いた多喜は何を思ったのか、少し考える素振りを見せ、ああ、と何かに気付いたのか声を出した。そして、 「大丈夫ですよ。安達様には報告しませんから」 楽しそうな声色。その言葉が本当かどうか、判別できない。 だが、誰も声を出せない。多喜がその場から消えてもしばらくはその静寂が続いたままだった。 □ ■ 「はぁ!? またかよ」 不満げな声がその教室に広がる。教室の前に掲げられているプレートには『生徒会室』と書かれていた。 その生徒会室の真ん中にある大きな机に脚をのせ、高そうな椅子に腰掛ける男子生徒。彼の名は芹沢帝(せりざわみかど)。明治時代から続く名家と呼ばれる家柄で学園では安達と並びトップクラスと称される。切れ長の目に、染めたであろう金髪の髪。悠には綺麗という言葉が似合うのなら、彼には格好いいと呼ばれるに相応しいだろう。そのカリスマ性で高校1年の頃から生徒会長をしている。 「ええ、また、ですよ」 帝の問いに答えたのは、銀のフレームの眼鏡をかけたこれまた美形の男子生徒。多喜と同じく黒の髪に黒の瞳。だが、多喜の髪は所々くせっ毛なのに対し、彼の髪は流れように真っ直ぐだ。彼は、帆阪辰巳(ほさかたつみ)生徒副会長だ。帝や悠には少し劣るが、それでも大手病院を経営していて“上”と言われる家柄だ。二人に関わらず生徒会の者たちは皆家柄が“上”で文武両道、誰もが崇拝する者たちばかりだ。名門の古閑学園の生徒会に入ることは、生徒の誰もが夢見る。これからの将来で一目置かれる存在になれえるからだ。だが、それを簡単に投げ出す存在がいた。安達悠だ。帝と同級生である悠は同時期に生徒会への入会が決まっていた。どちらが生徒会長になるのか、当時ちょっとした騒ぎになったものだ。しかし、悠はそれを興味ない、の一言で拒否したのだ。それ以来帝と悠は犬猿の仲となっていた。 「これで3回目ですね」 パサリ、と手に持った報告書を帝に手渡す。その内容に、帝は眉をひそめた。その様もまるで絵のようになるのだから神様はまったくもって不公平だろう。 「今度の哀れなターゲットは、日比野か。よくやるな、確か日比野の親は県警のお偉いサンじゃなかったっけ?」 「はい。その他にも彼の身内には警察関連がたくさん」 「その日比野に一発喰わせるとは・・・何を考えているんだか」 ハッと鼻で笑う帝だが、その様子は全く楽しそうではなく不満げだった。それは辰巳も同じで、意味の分からないそれこそ前代未聞な出来事に頭を抱え込むのは遠慮したかった。 「最初は政治家の孫、その次はヤクザの跡継ぎ、そして今回は警察幹部の息子・・・どれも“上”の者たちばかりです」 「初めは、下の奴らが腹いせでやっているのかと思ったが、こんなデメリットが多いことするわけがねぇ」 「はい。それに・・・」 そこまで言うと辰巳は言葉を一回止めた。この出来事で最も不可解な事・・・それがまたあったのだ。 「また、捜索を打ち切ったのか」 「はい」 やられた3人共、もちろん黙っていたわけではない。自分に逆らった謎の仮面男を捜させ、その報復をしようと必死になっていた。そしてそれは生徒会にも話がきており、“上”の者たちの話を無下には出来ず彼らも捜していたのだ。 だが、少し経つと彼らの親、つまり現役の権力者達からわざわざ連絡があるのだ。 ――もうやめだ。捜索をやめてくれ。この話はなかったことに、と 慌てて、怯えて、それだけを言うと理由を話さず電話を切る。親がそれならやられた子供も何も言えない。それで仮面男の捜索を打ち切る。 これが、3回続けて。 「あの権力者達をあそこまで怯えさせるとなると、何か弱みを握られたのかと・・・」 「・・・ヒーロー、ね」 それは仮面男の自称。 「正義の味方ってか? この学園ではそんなの通用しないのは分かっているだろうに」 正義を唱えることが出来るのは力を持つ者だけ。持たないものは黙っているしかない。 「偽善者め」 おもしろくない。正義ぶっていてもきっと裏があるに違いない。 一体誰が何のために? コンコン。 二人の思考を一時止めたのは扉を叩く音がしたからだ。帝が辰巳に視線を向けると、辰巳は頷き「どうぞ」と声を出した。控えめにドアを開け入ってきたのは、 「高宮嬢、」 顔を真っ青にした高宮アカネの姿だった。彼女もまた“上”の身分で生徒会書記をしている。そんな彼女だからこそここに入ってくるのは別に不思議ではないのだが、今日の執務では見なかったためてっきり休みかと思っていたのだ。 「高宮、どうかしたのか?」 令嬢にも礼を取らない帝だが、その地位のお陰で誰からも文句を言われない。言葉では心配しているように見えるが、実際彼は興味のないものには無頓着な部分があった。そのため、これは一応聞いているだけで、特に意味はないのだろう。そう辰巳は思った。 「いえ、少し安達様に用が・・・」 何か後ろめたさがあるのか、何だかはっきりしない言い方だ。それに疑問を辰巳は持ったが、帝が反応したのはそこではなかった。 「安達・・・?」 「あ、いえ、」 二人の相性の悪さは校内の誰もが知っている。その彼の前で思わずその名を出してしまったアカネは、すぐに否定の言葉を言おうとするが珍しく不機嫌にならず何か考える帝の姿に、何も言えなくなってしまった。 「会長?」 不思議そうに辰巳は問う。 「あいつの家はIT関連だったな?」 「はい。それが・・・・・・!!?」 帝の何が言いたいのか理解し、辰巳は大きく目を開く。つまり情報社会の中にいる。お偉方の弱みを握る情報など、手に入れやすい。先ほども思ったように、この行動は下の者はデメリットが大きい。ばれたとき、どんな事になるかこの学園の者なら分からないはずもない。つまり、必然的に“上”の者になる。理由は分からない。だが、確かに“上”の者ならばれたとしてもその地位の高さで無かったことにできる。 それらをふまえて、“上”にいる者で、それにお偉方を黙らせるほどの情報を手に入れることが出来るのは。 「まさか・・・・・・、」 ヒーローの正体、は ■ □ 「安達様ー! 追いつきましたよ」 櫻井多喜は、そう叫びながら悠の側へと近づく。それに気付くと、悠はその場に止まった。彼が自分の側へと来るまで待っている。端からみたら不思議な光景だろう。だが、ここには誰もいない。悠のお気に入りの秘密の場所だから。 「結局食堂には向かいませんでしたね。まぁ、そうだと思ってシェフに特別にサンドイッチを・・・」 「コン、」 楽しそうに話す多喜を悠は止める。何かを含んだように彼の愛称を呼ぶ。 「はい、何ですかぁ?」 その意図を知っているくせに変えようとしない多喜の姿に悠は溜め息を吐いた。 |
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