#学園HERO# 2話 |
作者: 神田 凪 2008年10月21日(火) 16時44分36秒公開 ID:Fpk3UqE6X6I |
昔、本気で信じていたんだ。正義の味方がきっと、きっと助けてくれるのだと。 苦しくても、我慢が出来た。悲しくても、我慢が出来た。 もうすぐ、もうすぐ助けにきてくれる。だって、悪者が世界にはたくさんいる。たくさんの犯罪が毎日途切れることなくテレビや新聞で報道されている。 だったら、きっとヒーローだっているはずだ。 それが子供の描く夢物語だと気付いたのは、いつだったか 学園HERO - story 2 - ヒーローの噂 「よぉ、安達」 「・・・・・・芹沢」 視線が合った途端バチンッと音が聞こえた気がしたのはたぶんこの場にいる誰もがだろう。学園内で犬猿の仲と認識されている2人は普段滅多に会うことはない。いや、会わないようにしていると言った方が正しい。お互いの時間割を知り尽くしているためどこをどう通れば会わないか、と頭の良さを無駄に生かしていたから。それなのに、こんな風にばったり廊下で会うということはどちらかが意図的に行動したと言うこと。 「何の用だ?」 だから、安達悠はいきなりそう告げた。 「何だよ、偶然だと思わないわけ?」 ハッと偉そうに芹沢帝は笑う。 「思わない。お前が俺に会うときはいつもくだらない事を持ち込む時だけだ」 「当たり前だ。それ以外にお前に会いたいなんて思うかよ」 どんどん険悪になっていく2人に、正真正銘の偶然で通りかかった生徒達はそそくさと逃げるように立ち去る。あっという間にその場に残ったのは、悠と帝、それと帝が仕切る生徒会の副会長帆阪辰巳と悠のパシリと認識されている櫻井多喜の4人だけになった。 「で?」 いつまでたっても本題を切り出そうとしない帝に悠は苛立ち先を促す。いつまでもこうしている暇はない。それはあちらも同じはずだ。面倒くさそうな顔つきの悠とは違い、帝はどことなく楽しそうだ。その雰囲気のまま、帝は口を開いた。 「ヒーロー」 「・・・・・・」 「って知ってるか?」 わざわざ区切って聞く帝だが、悠は何の反応も示さない。ただ、帝を見て、それから問いに答える。 「ああ、最近学園内に出る奴だろう? それがどうした?」 噂は瞬く間に学園中に広まった。出没しているのは高等部だけだというのに初等部や中等部、専門部まで広まっていた。おかしな面をつけた謎のヒーロー。“上”に逆らい“下”の者を助ける。誰もが好奇的にそれを見る。 「俺らはそいつの正体を知りたい」 「・・・何が言いたい」 「お前の家の力を貸してくれ」 「はっ、お前が俺に頼み事をするとは。よほどヒーローが大好きになったのか?」 嫌味をつけて言うが、帝はそれを気にした様子はない。それどころか、その嫌味に嫌味で返してきた。 「ああ、大好きだぜ? ヒーロー気取って、満足している偽善者が、な」 そう吐き捨て、悠の答えを待つ。だが、それは予想通りのもの。 「断る」 「なぜ?」 「お前に協力してやる義理はない」 「なるほど」 ニッと笑う帝は何か含んだ言い方をする。悠はそれに気づき眉をひそめた。何を考えているのか、答えの分かり切っている馬鹿げた頼み事をわざわざ自分に聞きに来たのはなぜなのか。まさか、 「ああ――――!!」 考えて、思いたったことに青ざめてしまう前に叫び声はその場に響いた。自分のすぐ側、つまり、 「申し訳ございません。安達様、情報室に課題の方を忘れてしまったようです。今から向かいますので、先に戻っておいてください」 慌てたように、しかし的確に、櫻井多喜はそう悠に告げた。その様子に悠はハッとして平静を取り戻した。 「・・・ああ、分かった」 いつものように。冷たく、“上”としての威厳を保つ。それを眺めていた帝は内心舌打ちし、しかしすぐに何かを思いつき自分の後ろにいた辰巳に視線を向けた。 「辰巳、ついでだ。俺も情報室に忘れ物をした。取ってこい」 「なっ・・・!?」 「分かりました」 帝の言葉の意図に気付き、悠は目を開き、辰巳は笑って了承した。反論しようとした悠を止めたのは相変わらず顔に笑みを絶やさない多喜。 「わぁ、じゃあ一緒に行きましょうよ」 「コンっ」 「はい、では行きましょうか」 表情が滅多に変わらない悠の慌てぶりに帝はおもしろそうに顔を崩した。ただのパシリに向けるにはおかしな感情。そういえばこのパシリは何かと謎ばかりだ。学園の多くは、ただの使いがうまいだけの存在というが帝はそうは思わなかった。そんな者、この学園に探せばたくさんいる。誰もが“上”に近づこうと必死なのだ。パシリにでもいいから近づきたいと思うのは少なくはないだろう。あの安達悠がただ一人側に置く人物。この学園のすべてとも言ってもいい家柄はそこまで良くない。ならなぜ・・・?分からないのなら調べればいい。 「待て、俺も、」 「いいえ。安達様のお手を煩わせるわけにはいきません。どうぞお先に」 端から見れば、不思議なことはない。だが、多喜の言葉には有無を言わせない雰囲気があった。それを感じ取り悠は分かった、と頷いた。 「・・・早く戻ってこい」 「はい。安達様の命とあらば」 □ ■ 「確か、中等部に入った頃からでしたね」 「何がですか?」 情報室が手前に見えた頃、辰巳は今まで閉じていた口を開いた。周りは珍しい組み合わせに好奇心満載な視線を向けてくるが、“上”の立場である辰巳がいる手前質問は出来ない。黙ってその場を去っていく。多喜は急に聞いてきた辰巳の質問の意味が分からないというような表情をして先を促した。 「貴方が安達様の使いとなったのは」 「ああ、はい。そうですよ」 当時はすごく騒ぎになった。いきなり出てきた謎の男。それまで話題にもならなかった櫻井多喜の存在はそれこそイレギュラーだった。それならば自分も、と悠の近づこうと誰もが話しかけた。だが、誰一人と多喜と同じポジションにいけなかった。 「安達様とはどのようにして出逢ったのですか?」 接点は少ないはずだ。あの安達と櫻井の家柄は差が大きい。 「あるパーティーで来賓として来られた安達様に偶然会いました。同年代の子供は少なかったので、話の相手をしてもらったんです」 「そうですか」 何もおかしなところはない。子供が縁をつくるのは学園だとすると、大人がつくるのは社交の場。その場所に連れてこられた子供がいてもおかしくはない。だが、なぜだが納得は出来なかった。 「そういえば、櫻井君。君はヒーローについてどう思う?」 だから、さっそく核心に触れた。いきなり話題の変わった内容に多喜は首を傾げたが、それでもその笑みが変わることはない。 「あのヒーローですか? さぁ、僕は本人を見たことが無いのでよく分かりませんが何だがおかしな人ですね。あ、でもこの学園の生徒だって聞きました」 「ええ。格好からこの学園の高等部の男子生徒だと思われています」 この学園はセキュリティ万全だ。外部の者が侵入することは不可能。それに何十万もする制服を外の者が簡単に手に入れることは出来ないはず。初等部から専門部までそれぞれ制服の形は違う。例のヒーローが来ていたのは高等部の。そして出没するのも高等部。これらのことからヒーローの正体は絞られる。だが、高等部だけでも3百人近くの生徒がいる。そのため誰がヒーローなのか、誰も正体を突き止められない。 「君はヒーローの正体を知っているのではないですか?」 一番聞きたかった言葉。安達本人にするには失礼に値するがこの多喜ならば何も問題はない。そのために帝は悠から多喜を離れさせた。何のためにそうさせるのか悠は分からなかったと思うが嫌な感じはしたのだろう。だから先ほど止めたのだ。 「さぁ、どうでしょう」 「・・・・・・ってきり否定するのかと思いました」 「僕は嘘って苦手なんです」 思わずごくりと喉がなる。 これはチャンスだ。何を考えて悠を庇わないのか分からないが、多喜は情報を与えようとしている。 「では、もう一度お聞きします」 「ヒーローの正体は、先ほどあの中にいましたか?」 遠回しに聞いたのは仕方がない。辰巳より悠のほうが立場は上。その悠の名前を不用意に持ち出してはならない。 だから、遠回しにだが確実に聞く。 そして、 「はい」 □ ■ 「ヒーローって知ってるか?」 「ああ、もちろん」 ざわざわとその噂は流れる。誰か最初にその話題を放ったのか、分からないほど大きくなる。 一体、正体は誰なのか・・・。憶測が飛び回り、その正体を勝手に想像する。 「何か、気持ちいいよな。やられた奴、“下”に制裁っていう名の暴力してたみたいだし」 「馬鹿、そんなの誰でもやってるだろうが」 「ああ・・・今頃心当たりのある“上”の奴らは怯えてるんじゃないか?」 「何でも、腕に自身のある奴を一瞬にして蹴散らしたみたいだぜ。格好いいな」 「まさに、俺達のヒーローだな」 “下”の者は興奮しながら、それでも嬉しそうに話す。 「何がヒーローだ。きっと“下”の奴らが誰かをやとったに違いない」 「まったくだ。俺達“上”に逆らうとどうなるか考え無しの馬鹿だな」 「生徒会は何をやってるんだ。“上”が見くびられれば“下”はついてこないぞ。階級があるのは何のためだと思ってるんだ」 「ヒーローを潰せ。あいつは、俺達“上”の敵だ」 “上”は嫌悪感丸出しでそう吐き捨てる。 異質な存在が現れたせいで、見た目は平和だった学園に嵐がおきようとしていた。 |
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