#学園HERO# 4話 |
作者: 神田 凪 2008年12月31日(水) 18時18分30秒公開 ID:Fpk3UqE6X6I |
学園HERO − story 4 − 回る歯車 温かい湯が冷たくなっていた体に染みるように流れていく。シャワーの音はその場に響く。 ようやく頭が落ち着いてきたのか、何が起こったのかだいたい整理が出来てきた。 まず、特別棟で近江様に水をかけられそれをあの安達様に見られてしまった。しかも、安達様のパシリの櫻井に無理矢理保健室に連れられたのだ。 連れてこられたのは、第3保健室。高等部にある保健室は3つで、それぞれ教室がある南棟と北棟に一つずつ。それから科学室や音楽室など選択科目で使用する、ここ特別棟に一つ。特別棟にはほとんど来たことがなかったので、ここ第3保健室に訪れたのは初めてだった。 「ああ、暖まった?」 ガチャとシャワー室のドアを開けるとこちらに気付いたのか白衣の男性が声をかけてきた。この男性がここの主らしい。淡い髪の色に銀色の眼鏡。年齢は落ち着いた20代にも見えるし、若々しい40代にも見える。つまりは年齢不詳だ。 「あ、の、シャワーありがとうございました」 「気にしないで。生徒のために置かれたんだからね。君たちが好きなときに使って良いんだよ。それにあのままだったら風邪をひきそうだったからね」 「ありがとうございます」 「はい。どういたしまして。替えの制服がピッタリなようで良かったよ」 にっこりと笑顔が優しいのが印象的だ。こんな先生がいたんだと心が温かくなった。 ここ古閑学園の教師も“上”には逆らえなかった。この学園の教師は誰もが一流の学歴をもっている。だけど、地位はない。以前ある教師が“上”の生徒に説教をしたことがあった。それが原因で、その教師は辞任にまで追い込まれたらしい。それ以来誰も“上”に逆らおうとはしなかった。そんな態度が見え見えで私は教師に信頼を寄せてはいなかった。いや、“下”の生徒はきっと誰もがそうだろう。だけどこの先生は違う気がする。私になんか優しくしても意味なんてない。だけど、そうするのが当たり前だとでもいうように行動してくれる。 「あ、自己紹介がまだだったね。僕は 「え、どうして・・・?」 「さっき狐君に聞いたんだ。同じクラスなんだって? 2年C組だってね」 「狐君・・・?」 「私のことです」 二人の会話の間に入ってきたのは聞き覚えのある声。そちらに顔を向けると入り口近くにある大きなソファに座る二つの影。 一人は銀の髪と翡翠の瞳というどこか絵本の王子様の様な容姿を持つ安達悠様。そして、声を出したのは黒髪に黒の瞳という一般的でだけどその目が細く、こちらは絵本の狐にそっくりな容姿を持つ櫻井多喜。てっきりもう帰っているのだと思っていた二人の姿に顔が若干引きつったのが分かった。 「素晴らしい反応ありがとうございます」 そんな私の様子に嫌味ったらしく返してくれた。確かにこの櫻井多喜とは同じクラスだ。安達様は隣のクラスだが・・・、この学園では“上”と“下”と分けられるがなぜかクラスは混合だった。 「さて、そろそろクラスに戻ったらどうだい? この時間の授業はもう終わるし、」 「え!!?」 最上先生の言葉に私は青ざめた。そうだ、さっきの出来事は休み時間のことだった。つまりその後は授業があって・・・私だけではいざ知らず安達様に授業をさぼらせてしまった!! 私のせいではない。だけど、結果的には私に関わりがあるのだ。 思わず震える体にポンと優しく手をのせてきた。ハッと視線を上げると、安心させてくれるような笑顔で最上先生は口を開いた。 「心配しないで。宮城さんのことは授業担当の先生にちゃんと連絡したし、二人は僕が呼び止めていたんだ。君のこととは関係がない」 肩の力がフッと抜けたのが分かった。呼び止めていたのが嘘か本当か分からない。だけど私に害がないように手配をしていてくれたのだ。思わず涙が出そうになった。 「狐君、安達君、君たちも悪かったね。そろそろ戻るかい?」 「はい。じゃあ、コン・・・」 「分かりました。最上先生コーヒーありがとうございました。おいしかったです」 「またいつでもおいで」 「はい、じゃ・・・」 櫻井の言葉の途中で放送がかかった。 その放送は目の前の櫻井を呼んでいて、その場にいたみんなの視線が向かった。 『櫻井君、2年C組櫻井多喜君。御家の方から連絡がきております。すぐに事務室までおこしください』 家・・・? まだ授業中のはずだ。そんな中途半端な時間帯に連絡なんて・・・? 不思議に思っていたとき、その場の雰囲気が変わった。え?とその原因を調べると、安達様が驚いたような焦ったような・・・今まで見たことがない表情をしていた。どうして、本人ではなく安達様がそこまで反応するのだろう。 「コン・・・」 「安達様、申し訳ありませんがお先に失礼します」 「ああ・・・だが、」 「大丈夫です。では」 安達様と違い、櫻井はまったく反応はしなかった。いつもと同じく変わらない笑みを浮かべたまま、保健室から出ていった。 それから少し沈黙が続いたが、ふぅと息を吐き出した安達様が私を見た。どうやら落ち着いたようだ。 「宮城といったな」 「あ、はいっ!」 「途中まで送ろう」 「え、い、いいです!! そんな安達様に・・・」 「そういわず送ってもらったら? また何か起こるか分からないし」 焦る私に最上先生はそう言う。確かに安達様の側にいれば誰もしてはこないだろう。だけど、それ以上にみんの好奇な視線が痛いに決まっている!! そこまで考えてハッと気付いた。最上先生はきっと私がどうして濡れていたか知っている。でもその理由を聞かないでいる。きっと私が傷つかないように・・・。 「ね?」 「・・・・・・じゃあ、あの、よろしくお願いします」 「ああ、行こう」 サッと進む安達様に私は急いで付いていく。 この時の行動が、思いも寄らない方向になることを気づけなかった。 ■ □ 「どうしたんですか兄さん、こんな時間に」 『仕方がないだろう。私はお前と違って会社で働いている。今しか電話をかける時間がなかった』 「そうですか。用件は?」 『お前、学園で安達の側にいるらしいな』 「・・・それをどこで?」 『どこだっていいだろう!! しかも4年前からだとっ! どうして報告をしなかった!』 「報告とは? 安達様とは友人として仲良くさせてもらっています。そのことを報告しろと?」 『ふざけたことを。あの安達と友人? 何を企んでいる』 「企むなんてそんな。それに、櫻井は安達とは違う路線です。報告したからといって、櫻井が有利になることはありませんよ」 『ーーっ! お前がそれを決める権利はない! 有利になるならないより、付き合いがあると分かればそれなりに得はある!! 安達は世界中の企業家や政治家達と付き合いがある。それを・・・』 「兄さん、用件はそれだけですか? 授業がありますので、戻りたいのですが」 『お前・・・まさか、櫻井の後を継ごうとしているんじゃないだろうな!』 「・・・まさか、私は4番目ですよ? どうやって後継者に名が上がると?」 『安達の力を使ってだ!! 卑怯な真似ならやりかねん・・・お前はあの女の子供だしな』 「・・・・・・」 『とにかくこの事は父に報告しておく。近い内に呼び出しがあることだと思え!!』 ガチャン ツーツーツー・・・ 「あーあ・・・」 ■ □ 「ああ・・・昨日は疲れたな」 何だか昨日は散々だった。もう嫌だ。あんなに神経を使ったのは初めてかもしれない。 寮を出て学校の方へ向かう。正門を過ぎた頃から、なぜだか人の視線が向けられる。もしかして、昨日の姿が見られたのか。授業中だから人から見られていないと思っていたが間違っていたのか。 「何・・・これ、」 靴箱の近くの掲示板に人だかりができていて、私に気付くと敵意を込めた視線を次々と向けられた。 でも今はそれどころじゃなかった。掲示板には張り紙が張られていた。 『 安達様に近づいて“上”に上がろうとした女子生徒!! 』 その張り紙には写真が張ってあって、昨日送ってもらった時のだろう・・・並んで歩く姿は仲良く見えなくもない。 「あの子よ・・・」 「よりにもよって何で安達様に?」 「あの子の家最近やばいらしいよ」 「どうりで」 “上”も“下”も関係ない。 この時私はみんなの敵になった。 誰もが“上”へ上がろうと必死で、そんな中トップクラスの安達様に近づく人はたくさんいる。だけど誰も近づけなかった。櫻井という例外を除いては。だけど、その例外に私が増えたと思っているのだろう。勘違いだと叫んでも誰も信じてはくれない。どうであろうと私は安達様に近づいた。“上”の者ならまだここまで言われなかっただろう。だけど私は“下”でそれに今はこの学園にいられ続けるのかも分かんないくらい大変な時で。 私が安達様に近づく理由は充分ある。 「宮城さん」 ゾクッと背筋に寒気を感じた。 「お、近江様・・・」 目は鋭く私を射抜いていた。当たり前だ。好きな人に自分の付き人だった私が近づいたのだ。例えそれが近江様のせいであっても。それはしてはならないことだったのに。浅はかな真似をした。 「もう、私には近づかないでください」 「待ってください・・・!!」 死刑宣告のようだった。近江の力がなくなったら・・・!! 両親の必死な姿が頭に浮かぶ。このままじゃ・・・ダメなのに。 私には止められる力がない!!! 今まで、頑張ってきた。 頑張って頑張って、嫌なこともあった・・・けど。 すべては家のために頑張ったのに。 どうして頑張るだけじゃダメなのか。 どうしてどうしてどうしてどうして・・・!!! 気付いたら校舎裏にきていた。 誰もいないと分かったら、ボロボロと涙が止まらなかった。 「ご、めん、なさい・・・ごめんなさい・・・ご、めんなさい!!」 家を守れなかった。 私しか出来なかったのに。 両親に頼まれたのに。 優しくて、私を大事に育ててくれた両親が初めて私に頭を下げた。 それくらい大事なことだったのに。 私は、私は・・・!! |
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