血染めのノクテュルヌ-You know it's true- 第五章 |
作者: 清嵐青梨 2009年03月01日(日) 19時14分12秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
その後シロウと凛の三人で打ち合わせした結果、夜シロウと凛は隼人さんとその仲間を尾行・偵察をすることになり、私は再び司さんの屋敷へ行くことになった。 昼間彼が隼人さんと件の相手――陵牙に会いに行くのならば気をつける様にと言っていた言葉を二人にも“忠告”の意として言うと、早速夜の屋敷へ赴いた。 私が今晩寄らせても宜しいと言っておいたおかげだろうか、夜に発動する筈の罠の気配が全くしない。余程私のことを危険人物だとは認識していないようである。それはそれで安心するのだが、若し危険人物だと認識したならば私は容易く屋敷に赴けなかっただろう。 竹林の長い道を抜け、ようやく見覚えのある玄関が見え始めた時、ガラガラと玄関の引き戸を開けた司さんがやってきた私を見て、あぁ…セイバーさんと柔らかい笑みを浮かべ来訪者である私を昼間の時と同じように歓迎する。 「こんな夜に態々来てくださるなんて…大変でしたでしょう?」 「いえ、そんなことは…。あの、隼人さんはもう外出されたんですか?」 「あぁ、ついさっきね。陵牙くんが如何しても行くと言ってね」 凄い呆れたまま出かけて行ったよ、と言って私を屋敷内へ入れて呉れると昼間通して貰えた居間に案内されると、同じ場所に腰掛ける。 と、突然居間の襖がガラッと開けられ、廊下に着物を着こなした紅い髪をした綺麗な女性が顔を下げて、失礼しますと短く言い来訪者の私に玉露のお茶とそのお茶に合う菓子出す。 そして彼女は全てを持て成しした後、廊下に行き再び頭を下げ失礼しました、と短く言って襖を静かに閉じる。 綺麗な方ですね、と感心の篭った声で先ほどの女性のことを言うと、そうでしょうと司さんが私の意見に納得し、うんうんと何度も頷く。 「でも彼女は僕が作った機巧人形なんですよ、今まで作った中でも最高峰と言えるほどの作品…いいえ、人間です」 「… 「とんでもない。これでも僕は機巧技術家の斉藤家五代目ですから、まだまだ修行しなければ…」 「そんなに自分を否定なさらなくても良いですよ。貴方は充分」 素敵な物を残す作品を作っていらっしゃる―― 私はふっと笑みを零し司さんに向けて言うと、彼はそうですか…と此方もふっと笑みを零し、ぽつりと呟く様な台詞を言い淹れてくれた玉露のお茶が入った湯飲みを持ち、一口飲むとふぅ…と自分を落ち着かせる。 改めて彼の容姿を見ると何処から見ても只の技術家に見えない、寧ろ何処か大人しげで戦いを好まない体質と見た。本当にキリツグの知人だと私はそう思うのはキリツグと同じ“戦いを好まない”気持ちを持っているからかもしれない、そのせいか司さんを彼と思わせる雰囲気が漂っている。 この人は悪を持たない善を持つ方だ…そう思い、私も玉露のお茶を飲む。ほろ苦い味が口の中を駆け巡っている中、ところでセイバーさん…と司さんが湯飲みを持ったまま私を見た。 「貴女は……英霊というものをご存知でしょうか…?」 「英霊…ですか?」 行き成り彼はぽつりと聞き覚えのある単語を口にしたことに少々驚きを感じたが、ふと脳裏に浮かんだのは凛の 私はその返答に少し迷ってしまったが、嘘は此処で吐いてはいけないと思い、そのまま頷いて見せるとそうですか…と司さんはふっと微笑み出す。 「それでは…英霊とは本来どんなことに使われると思います?」 「どんなこと…と言いますと?」 「英霊とは本来、優れた働きをした人の死霊に対して敬意を込めて使う言葉として使われるんです。 「そうだったんですか……それは知らなかったです」 この人の頭脳は若しかすると計り知れない才能の持ち主ではないのだろうか…。そう思っていると、僕はそんな大層な才能の持ち主ではないですよ、と丸で私の心を読み取ったかの様な言い方で自分の才能を拒否する。 何故其処までして自分を上として見上げているのではなく、下として見下しているのだろうか。思わず口を開きかけたところを手で制し、折角だ…此処で英霊の思想というものを教えてあげましょう、と言った。 「そもそも英霊という思想は神道の霊魂観に於いて、人が無くなった後も霊魂は不滅であり、祀られて鎮まった魂…即ち 「つまり、元々日本古来の神道には血の繋がった子孫に拠る「祖霊」信仰が存在して「英霊」という概念は存在しなかった…ということなんですか?」 「そう。貴女は呑み込みが早いですね。そうして「祖霊」信仰が段々篤くなり、「英霊」の概念は生まれなかった。だけど、村落共同体では逆に「氏神」信仰が生まれ、また古代の天皇を中心とする政治体制下では怨霊に対する御霊信仰が新造され、荒ぶる神々も祀られ、鎮められるようになりました」 「「英霊」信仰は元々その「氏神」信仰・「御霊」信仰の亜種として捉えている…と。貴方はそう言いたいのですね」 何となくだが、彼が何を語ろうとしているのかその話の軌道が段々読み取れる様になってきた。この人は只の陶器愛好家でも機巧技術家でもなく、一般に言う評論家気取りで語っているのかもしれない。この人から流れ出る様に語られていく言葉の一つ一つが丸で評論を読み上げているかの様な口振りだ。 と、私の考えていることを察したのか、僕は評論家ではないですよと言って玉露のお茶を一口飲んで喉の渇きを潤す。 「確かに僕の実家には山ほどの本がありまして、先ほど語ったことも全て本の通りに話しているだけですよ」 「…そう、だったんですか。てっきり何処かの学問の教授をしていらっしゃったとばかりに」 「矢っ張りそう思えますか、いやはや…真逆隼人と同じことをセイバーさんにまで言われるとは…。本の読みすぎかのかな?」 「そんなことは却説置き、「英霊」の話の続きをしてくださっても構いませんよ」 ふっと笑みを零して言うと、そうですか…と言い照れ臭い表情をすると再び玉露のお茶を飲んで一息置くと再び語り始めた。 「では早速「英霊」の伝来を教えてあげましょう。英霊とは顕彰される者であり、「天皇のために死んだ」という事実が顕彰されます。戦後の天皇は絶対神…つまり、現人神そのものを否定したんです。その絶対的な神である天皇がいなくなった戦後、彼等の死は鎮魂されるべきものとなるんです。つまり、戦後の靖国神社には顕彰されるべき対象は存在しておらず、拠って英霊ではないので、」 「英霊ではないということは…如何いうことなんです?真逆、英霊の対象となる霊が存在しなかったということなんですか?」 私は彼の言葉を遮って少し身を前へ乗り出して言うが、そんなことじゃないですよ、と彼は私の意見を否定する。 「ちゃんと英霊の対象となる霊は存在しましたよ。その霊は鎮魂され、水に流され、人々に恵みを 「筈だった…?如何いうことなんです?」 「…実はですね、靖国神社は存在しない絶対神の天皇の存在を前提として、彼らを英霊と呼んだのです」 「天皇の存在を英霊と呼んだのですか…?そんなことって有り得る事なんですか?」 「当時の戦後ではごく普通に有り得る事なんです。更に仏教ではですね、仏教関係者のなかで、仏教とは相容れない「霊」を祀り、英霊思想に従属したことへの反省も生れていると仏教の資本ではそう書かれてあるんです」 「…英霊というものは、複雑ですね。存在そのものを英霊と呼んでいますから、一体どちらの方を信じればいいのか」 私は乗り出した身を素直に引いて、殆ど暖の残っていない玉露のお茶を半分くらい飲むと、そうですね…と今度は私の意見に同意して司さんは顔を少し下へ俯かせた。 若しかしてさっきの話ですっかり意気消沈してしまったのかと思いきや、何事もなかったかの様な表情で顔を上げると、気を取り直して現在の「英霊」のことを語りましょうか、と丸で私を慰めるかの様な優しい言い方で言った。 「現在の「英霊」は「国家神道」の教義の要素の中核の一つに位置づけられています。菱木政晴は、世界には言語による教義表現を軽視する宗教もあり、比較宗教学や文化人類学の成果を用いることによって困難なく抽出可能であるとして国家神道の教義を3つに纏めました。それが「聖戦」・「英霊」・「顕彰」です」 「聖……戦…」 「……どうやら僕は貴女の気を悪くしてしまった様だ」 と、彼はそう言って残りお茶を一気に呷ると湯飲みを机に置いてごろり、と畳の上を寝そべり始めた。 話をしている 私から見たらこの男…北条司の第一印象は不思議な雰囲気を持つ人物だと感じていた。さっき語った話と良い、昼間のもの優しげな対応と良い、何処か警戒心のない心を持った広い男だとずっと思っていた。サーヴァントである私にも、見習い魔術師と完全な魔術師であるシロウと凛にも、不審にも思わずとても優しい心でサーヴァントの私のことを快く受け入れた。 彼は本当に不思議な男だ…私は改めて北条…いや、斉藤司という男を肝に染み付けるほどに深く理解した後、むくりと起き上がると彼も私とほぼ同じ時機で起き上がってうんと伸びをした。 「いやぁ…真に申し訳ない、こんな話をしてしまって…僕も他人の気持ちを知るにはまだまだかなぁ…」 「いいえ、そんなことはありません。司さんのお話で「英霊」のこと、また一つ学べることが出来ました」 「……そうか、それは良かった」 そう言って彼は髪をくしゃくしゃに掻いて、えへへと照れ笑いをしているとガラッと襖が行き成り開けられ、廊下にあの着物の女性が頭を下げお話中失礼します、と言って顔を上げる。 「先ほど青藍総合病院にて科学的な異常反応が見られましたが…如何致しましょう?」 「異常反応…?…真逆誰かが固有結界を張っているということですか?」 「結界…?…あぁ、多分勇輝くんか誰かが張った結界かもしれん。或いはセイバーさんのいう誰かの固有結界の可能性があるかもしれん」 と、私が言った「固有結界」のことをそのまま鵜呑みにした司さんは如何しようかなぁーっと、首を傾げ顎に人差し指を当てて考えあぐねていると、仕方ないなぁ…と言って顎に当てた指を離す。 「撫子…。仕方ないから君は……セイバーさんもその病院に行かれますか?」 「……はい。是非ご一緒させてください」 「と、いうことだから。セイバーさんと一緒に青藍総合病院に行って呉れないかい?」 「了解致しました、では早速準備を致します」 そう言い、機巧人形――彼はこの人形のことを撫子と呼んでいた――は、頭を垂れると静かに襖を閉じる。 そうと決まれば私も武装をしなければいけない…。でも此処で武装したら彼に怪しまれてしまう…。躊躇していたら司さんが私の様子に気付いたのか、僕は外で待っていますよと言って腰を上げる。 「司さんも病院に行かれるんですか?」 「えぇ、若しかしたら勇輝くんの可能性もありますし…一寸この目で確かめてみようかなと思って」 駄目でしょうか?と私を見て病院の同行を求める。この人はあくまで結界の主がそのユウキとやらのものではないのだろうか、という確認をするだけで別にサーヴァント同士の戦いに首を突っ込もうとしているわけじゃない。 今はこの人の行動を信じるしかない…、私はそう思い彼の同行を認めることにし肯定すると、彼は良かった…と一言呟いてほっと一安心したような表情をすると、少し歩いて襖の戸を開けると、僕も用意するものがありますので、と言い私を居間に残し居間から出て行く。 若しかしたら武装解除しようとする私に気を使って居間から出て行ったのかもしれない…。この男の心情は一体どのくらい広いのだろうか…そう思った私は早々と武装解除し、完全武装をした姿に変えると襖の戸を開け居間を出ると廊下の向こうからドタドタと音が聞こえた。 何事かと思った瞬間、廊下の向こうから司さんが現れた。が、彼の手には鞘に収められた日本刀が握り締められていた。そして彼は武装をした私を見て、うわぁ…格好良いですねその服、と私の武装姿を高く評価し感動した目で見る。 そんなことより私は彼が握っている日本刀のことが気になり、口を開く。 「あの…その刀は…?」 「あぁ、これですか?昔使っていた無銘の刀です。この機会にまた使おうかなと思いまして」 「失礼ですけども、司さん――貴方は本当に機巧技術家なんですか?」 「…えぇ、僕は正真正銘五代目の機巧技術家・斉藤司ですから」 そう言い、彼はふっと笑みを浮かべると廊下の向こうから撫子さんが出てきて、準備は宜しいでしょうか?と私と司さんに向けて問う。 無論、準備はこれで万全である。私はコクンと頷くとそれでは参りましょう、と言って彼女は私と司さんの横を通り、先に玄関へ向かった。 |
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