血染めのノクテュルヌ-You know it's true- 第二章
作者: 清嵐青梨   2009年02月21日(土) 17時07分02秒公開   ID:L6pfEASBmTs
(此処なら絶対に追って来ないやろ…それにしても)


あの男は何者なんだ…くらい夜の中を照らしている青白い月が出ている屋上で、俺は肩で息をし乍ら警戒心を鋭くさせ、ちらりと後ろを振り返りきっちり閉められているドアを睨みつける。今のところあの男の姿は此処にはいないことを気配で確認する。

もう追ってこないのか…そう思った時、おー綺麗な月じゃないか、と先ほど聞いた声が屋上の上から聞こえてきた。驚愕の表情を露わにして後ろを振り向くと、先ほどの男が屋上の上にしゃがんで俺を見下していた。

服装が先ほど会った時とは違って一変していた、全体的に青色の服を身に纏っている。俺の思っていた通り本当に青が似合う。そして手には長い紅色の槍を携えていた。


この男…只者じゃないな…俺は男の容姿を見てそう感じ、ごくっと生唾を飲み込むと男を見上げ言った。


「――兄ちゃん、あんた…何者なんや?」

「俺か?俺は――“英雄”だよ」
「………英雄?」


英雄…俺の中ではあんまり馴染めない単語だった。それに英雄と言ったら思い浮かんだのはアーサー王やヘラクレスといった神話の中で活躍していた有名な英雄の名前だけだった。だけど槍を持った英雄なんていたのか…生憎俺の知識は其処まで達していなかった。

俺は男が言った単語を鸚鵡返しすると男はニッと笑みを浮かべ、そ。英霊って言うんだけどよ、聞かない?やっぱり初めてかぁ、と言った。
彼の言う通り、英霊だなんていう単語は初めて聞いた。世の中にはそんな幽霊もいたのかと何故か関心した俺は其処で関心していることに気付いて、ふるふると首を左右に振ると再び顔を上げた。


「その前に兄ちゃん、俺の質問ちゃんと聞いたんか?俺は」
「おっと、その前に俺からも聞きたいことがあるんだけどよ、ちょいと良いか?」


俺の台詞が言い終わらないうちに、男が空いた手で俺の台詞を制して先に俺に向けて言った。英雄の幽霊から聞きたいことがあるなんて信じられなかったが、その用件は一体なんなのか少しだけ気になった俺は、ふぅと溜め息を吐き出し俺の用件を少し諦める事にして先に男の話を聞こうと思った。


「ええよ?どんなことでも教えてあげるさかい、それで…聞きたいことってなんや?」


ようやく俺は自分の台詞を最後まで言えた。用件じゃなくて少し残念だったのが気がかりだけど、それでも自分の台詞が言えた事だけ良しとした。

すると男は其処で笑みを消して紅い目を閉じたかと思うと、再びその目を開いて俺を見据えるなりズバッと自分の台詞を切り出した。










「優を撃ったのは手前か?」










男は短く俺に向けてそう言った。

不思議と俺はその言葉に驚かなかった、若しかしたら無意識に分かってたかもしれない。この男は俺が殺したあの少年の知り合いだということに…。

自分の身体なのに気付いていなかったとは…飛んだ不覚を負ったものだ…。俺は顔を少し俯かせ、はは…と渇いた笑い声を出すと口角を少し吊り上げて笑うと直ぐにその笑みを引っ込ませ、三度みたび顔を上げ男の顔を見ると言った。










「……………嗚呼、あの聖母の様なガキを撃ったのは俺や」










やけに長い間を置いて俺は男の質問を冷たくさらりと答える。

の返答を聞いた男は驚いた顔をせず少し顔を俯かせたかと思いきや、そうか…と呟いた後くっくっと笑い出し始める。

可笑しい…確かに俺はありのままのことを言った。あのガキを殺したのは俺だと包み隠さず言ったのだ。それなのにあの男は平気な顔で笑っている…一体何が可笑しいというんだ…。

俺は眉間に皺を作ると、いや…すまねぇな…と男はそう言って声を押し殺しているのだが、まだその笑い声が漏れている。
俺の返答がそんなに可笑しいというのか…なんだか不機嫌な気分になり、彼に背を向けると後ろから男の言葉が聞こえた。


「そうか……なら安心したぜ、何故なら」


と、ようやく男が立った気配を感じ俺は気が済んだか…と思ったがそれは只の思い違いだった。










「――彼奴を殺そうとした男を存分に殺せるからよぉ!」










そう言った瞬間後ろから紅い槍が投げようと身構えるのを気配で感じた俺は、はっと気付いて後ろを振り向くが既に男が紅い槍を俺に向けて投げてきた。

再び驚愕の表情を浮かべ、近づいてくる槍の切っ先を見た俺は瞬時にその場から遠退いた瞬間、槍がコンクリに突き刺さりコンクリが大きく捲れ上がった。念のためもう一歩後ろへ引き退がるとコートのポケットに左手を突っ込んで、指先にアイリのグリップを感じ握り締めると、なんとか体勢を整え顔を上げる。


顔を上げると男は既に屋上の上から降りていて、先ほど投げてコンクリに突き刺さった槍を引き抜いて、再び握り締め構えていた。




と、自分の心に何かが湧き出してきた。湧き出てきたそれは一体何なのか分かり、そして何をしたいのか気付いた瞬間、俺は無意識に口角を吊り上げた。

俺は英雄という者をまだ一度も殺した事がないのだ。今目の前にいる英雄を早く殺したいという欲望が湧き出てきて、今直ぐにでも殺したいという殺人衝動が俺の中を駆け巡っていた。


なんだ、結局俺もあの男も考えている事が同じじゃないか――それに気付いた俺はコートのポケットからアイリを取り出し、銃弾が補充してあるか確認するとグリップを握り締める。










「そういや、てめぇの名前まだ聞いてなかったな。俺は槍兵の英霊・ランサーだ」


「ご丁寧にどうも、俺は陵丘の牙と書いて“陵牙りょうが”……佐野陵牙や」










俺は目の前にいる槍兵の英雄に向けて自分の名を明かすと、引き金に触れるなりその引き金を素早く下ろし発砲した。
が、発砲された銃弾は紅い槍を振り弾き返されてしまい、男はその隙を狙い紅い槍を俺に向け攻撃をしかけてきた。


所々から仕掛けてくる槍の攻撃に上手くかわし乍ら挽回の勝機チャンスを窺う。けど只かわしだしているだけじゃ、挽回も何も出来ないまま自分の攻撃が仕掛けれなくなる。
チッと俺は心の中で舌打ちをして体勢を低くさせ足払いを仕掛けたが、相手は俺の戦略を読んだらしく、跳躍すると俺の背後に回ってきた。


後ろを取られた…それに気付くのが遅く避ける筈が背中に横一文字が薙いだ。熱く感じる鋭い傷を感じた俺は、その痛みに耐え本格的に舌打ちをすると相手の距離を置いて再び何発か発砲するが、一発も当てる隙を作らず槍で全部弾き返した。

銃では太刀打ち出来ないか…そう思った俺はアイリを仕舞いこみ、代わりにダガーナイフを取り出す。両刃のナイフを見た男は、へぇー良いもん持ってるじゃねえか、と感心の台詞を言うと再びニッと笑みを浮かべた。


「今度はそれで相手するってか、そりゃあ良いぜ。今度こそ俺を楽しませて呉れるんだろうな?陵牙」

「銃じゃ相手にならへんからな。槍ならナイフだ、と思てな…今度こそお前に傷をつけるで、ランサー」


俺はふっと笑みを浮かべ額から流れ出た冷や汗を拭わないまま、ふぅっと息を吐き出して僅かな動揺を捨てるとナイフを構え持つと足に力を篭め最初の一歩を踏み込むと、そのまま相手のところへ走り近寄った。




相手の距離が縮まったところで左袈裟から切り上げようと腕を振り上げたが、紅い槍で両刃のナイフを受け止められ弾き返されると、上から切りかかろうとしてきたところを今度はナイフで受け止めるとそのまま受け流し、左が無防備なことに気付くなり其処からナイフを持ち替えると左腕目掛けて切りかかる。


切りかかってきたことに気付いたのか、彼は右へ避けナイフの刃からかわす。その隙を見た俺はそのままコンクリに空いた手でついて踵で足蹴を食らわす。流石に其処まで予測出来なかったのだろう、目を丸くさせ後ろへ仰け反り足蹴を上手くかわし切る。
そのまま爆転し再びナイフを、今度は逆手に持ち替えるとそのまま直進し次々と切りかかるが、相手は後ろへ退がり乍らナイフへの斬撃を避けて行く。

でもその先はコンクリの壁で行き止まりだ…その隙に腹目掛けて背中と同じ横一文字に切りかかるか…。そう思っていた矢先、コンクリの壁が視界の隅に映る。今だと俺は逆手に持っていたナイフを持ち替えて腹目掛けて横へ薙ごうとした瞬間。


相手が俺の肩に手を乗せて槍を持ったまま上へ飛び上がった。肩に乗せた手が離れたのを感じた俺は、後ろを振り返ろうとした途端相手は既に着地していて再び横一文字で薙げてきたのを視界の隅が捉えた。

咄嗟に俺はナイフで槍の刃を受け止めると、空いた手でアイリとは別の拳銃――ワルサーPPKを取り出して相手の左肩目掛けて発砲した。今度は防御の体勢が遅れ、銃弾は見事に左肩に命中した。撃たれた箇所から感じてくる痛みに顔を顰めた彼は俺から離れ、撃たれた箇所を抑えると苦笑いを浮かべる。


「へっ……中々やるじゃねえか、ガキの分際で」
其方そっちこそ…槍の腕前、良すぎるんやないか?」

「けれど…満身創痍だな手前、その傷で良く動き回ることが出来るな」
「お生憎様…俺はこれでも幾つものの修羅場を乗り越えたんやからな」

「そうか…なら、思う存分殺しあえることが出来るって事か」
「せや…気の済むまで何度も殺りあえることが出来るで」


槍兵との会話で思わず此方も苦笑いを浮かべる。彼奴の言う通り、今の俺はそろそろ九束っていいほど満身創痍だった。だけど、こういう体験なら過去に何度か味わったことがあったから何にも感じていなかったが、この殺し合いは相当手間が掛かるなということを実感した。
つまり…決着は此方が死ぬか、相手が死ぬか、それとも相討ちで終わるか…正に生死を決める殺し合いだ。

無論、此方が圧倒的に“不利”である。さっきの背中の傷で相当ダメージを食らってしまい、今のバトルスタイルが思うように出来なくなっている。このままだと本当に負けてしまうかもしれない。
でも自然と“死を恐れる”気持ちが出てこなかった。それは多分此処まで戦ってきて一変の悔いが残っていない証拠なのかも知れない。


それはそれで良いのかもしれない…、俺は苦笑いを消し“死を恐れる”気持ちが出てこない己自身が急に可笑しく感じ、ふっと口角を吊り上げて笑うとナイフをギュッと握り締め顔を上げる。


「これで“最期”にしようやないか英霊…。俺が勝ったらあのガキを殺しに行くからな」
「そうはさせねえな、彼奴は元々俺のものだからな。勝手に死なせちゃ困るしよぉ…」


だから一気に片を付けさせて貰うぜっ!――槍兵はそう言って槍を構え直すと真っ直ぐ此方へ向かってきた。向かってくる青い槍兵を見て一旦目を閉じ、ふぅっと小さく息を吐いた俺はカッと目を見開いてナイフでその紅い槍を受け止めようとした瞬間だった。




一瞬何が起きたのか分からなかった、俺と彼の間に人影が行き成り現れ右手で紅い槍を受け止め、クナイを持っている左手でナイフを受け止めた。途中、ふわりとポニーテールに結い上げた深緑色の長い髪が揺れた。

と、揺れた髪がぴたりと静かに揺らぎさを止めた時綺麗に着こなした忍び装束を着た少年が、ふぅっと呆れた小さな溜め息が吐かれた。


「チームの隊長がこんなところで何してるんだよ…」
「はや…と…」


何で、と言おうとした途端行き成り俺の腹を殴り向こうへ押し返したかと思いきや、槍兵の紅い槍を離し、空いた手で持っていたクナイを持つと腹目掛けて横一文字へ薙ぐ。が、彼の行動に気付いたのか彼は後ろへ退くと、手前…何者だと威勢の篭めた声で彼――北条隼人に向けて言う。

が、流石隼人。威勢の篭った声に怯むことなくさらりと、其処でやられそうになった男の仲間だよ、と自分の素性を明らかにする。それよりも俺はうずくまって殴られた腹を抑えると怒り篭った声で冷静な忍に向けて言った。


「隼人!!てめーっ、行き成り何するんや!?リーダーに向けて殴り飛ばす忍者が何処におるねんこのド阿呆!!」
「今朝の俺の話を完全無視したのは何処の何奴だこの馬鹿。…まぁ良いや、言い分は後で聞くから今日は引き上げるぞ」
「引き上げるって……おい如何いうことやコラ!何勝手に決めて」

「おいおい俺の存在を完全否定か?手前等」


続きを隼人に向けて言おうとした時、後ろから槍兵が疼痛する左肩を抑え乍ら俺たちのやり取りを見ていた。それに気付いた隼人は彼の言葉を完全無視し、俺の右腕を掴み俺を立たせると彼を一瞥すると、行くよ陵牙…と言って俺の腕を放して隣のビルへ飛び越えて行った。

俺はその後ろ姿を見詰めると青い槍兵に視線を戻すと、まぁ…そういうこった、と適当に言い放ち、ナイフの刃を収めてコートのポケットの中へ仕舞っておくと閉められてあるドアに近寄りノブを掴むと、再び彼を見るが何時の間にか其処に彼はいなかった。




傷を癒しに行ったのだろうか…頭の隅でそんなことを考えると、此方も早く傷を癒そうとノブを回しドアを押し出す。ギィッ…と軋んだ音が耳に届いた時、疼痛する背中の痛みに思わず顔を顰め少し均衡を崩したがノブに縋り、何とか立つとそのまま中に入りドアを閉めると、ずるずるとその場でへたりと座り込む。


傷ついた身体で激しい動きをしたせいで傷が段々広がっていて痛みも前とは数倍激しくなっていた。コンクリの冷たい床に両手をついてはぁはぁと荒い息を吐くと、ニッと笑みを浮かべる。




「――ランサー……か」




静寂に包まれた廊下で青い槍兵の名をぽつりと呟くと、立ち上がり隼人が如何こう言われる前に早く傷を癒しにでも行くかと、俺は階段を一段一段降り乍ら再び傷のことを思い出した。


この傷はきっと治っても傷跡だけは絶対に残るだろう…と。
■作者からのメッセージ
どうも、清嵐です。一日にも経たないうちに第二章出来上がりました。前回は体術ばかりの戦闘描写だけでしたが、今回は槍や銃を使った戦闘描写を存分に書いてみました。自分自身槍の戦闘描写というものは初めて書くので結構疲れました。銃も良いですけども、やっぱり剣術の戦闘描写のほうが書きやすいです(苦笑)
それでは、第三章でお会いしましょう。

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