血染めのノクテュルヌ-You know it's true- 第六章 |
作者: 清嵐青梨 2009年03月06日(金) 23時41分38秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
布留部、由良由良と布留部―― その歌に吸い寄せられるかの様に意識の中の俺は歌が聞こえる其処に足を向けていた。一体誰が歌っているのか、その歌は何なのか知りたかったから――。 歩いているとその歌を歌っている人影が見えた、けどその隣には歌っている人影の子供らしい少年が近寄って、その優しい手を握り締めた。 と、人影が少年を見た後振り向いて俺を見た。少年がその爛々と輝いた瞳を俺の方に向けた。サファイアの様な 何日も間混濁し失っていた意識がひしひしと伝わってきた何かを感じ、意識の中で見た夢は此処で醒ました。 青色の瞳に先ず飛び込んできたのは白い天井だった、その天井を暫く見た後左右を交互に見る。左腕から管が伸びていて繋がっているところを辿ると点滴する際に必要なパックが吊るしてあった。 それを見て俺が寝ている此処は病院だってことが分かった。それにしてもさっきからひしひしと身体中に伝わってくる気配は何なのか外を見ると赤い膜の様な結界が病院を覆っていた。明らかにこの結界は凛のものではなく、別の魔術師の結界だと一目見て分かった。 なら、早くこの結界を解かなければ――そう決めた俺は回復しきった上体を起こしてリノリウムの床に素足で下りると左腕に刺している点滴の管を抜いて、ハンガーにかけてあった緑色の上着を掴んで羽織ると、自分の病室を抜け出し廊下を歩き出す。 と、歩いているうちに段々息苦しく感じてくる。多分何週間前の夜、彼奴に拠って撃ち抜かれた左胸が傷口が塞がっていても完全に回復していないからかもしれない。ぎゅっと服を握って手摺りに沿って廊下を歩くとそろそろ渡り廊下へ差しかかろうとした時、渡り廊下からガシャンという音が聞こえた。 なんの音だと思った俺は緩慢と歩いていた足を少し早めに歩き飛び出す様に渡り廊下の前に立ち廊下を見ると、窓硝子から差し込んでくる青白い月明かりが赤い結界に拠って赤い月明かりを一人の男に向けて照らし出している。 その男を見た瞬間、背筋が凍る様な悪寒を感じ服を掴んでいた手を右腕に変えぎゅっと抱く様に握り締めていると、俺の存在に気付いた彼が手に持っていた物を下ろし俺を見るなり、驚いたやろ?この結界、俺の仲間が張って呉れたんやで?と窓硝子の向こうの結界に視線を投じて言った。 「良えこと教えてあげよっか。この結界はな、俺たち【GAME】の参加者と【GAME】を起こした奴等とで呼び方が別にあるんや。奴等は結界を『聖域』と呼んでいるんやけど、俺たちは結界を『絶対領域』と呼んでいるんや。この違い分かるか…」 と、続きを言おうとした口を閉ざしたかと思いきや、そういや【GAME】って何なのかまだ話しとらんかったな、と言って俺を殺そうとした男は窓硝子から視線を逸らし再び俺を見る。 「【GAME】っていうのはな…簡単に 邪魔も出来ない、そう言って彼は持っている物―― それが銃だと分かった俺は逃げろという脳の信号を感じ取り、直ぐ方向を変えて逃げようとした途端パァンッと張り詰めた音が院内で響き渡る。 右足の このままだと本当に結界の中で殺されてしまう…一瞬心が恐怖に陥ってしまったが、ふと脳裏に浮かんできたのは凛だった。結界を張ったのは魔術師なら若しかすると彼女の手で結界を解けることが出来るかもしれない。 そう思った時、若しかするとこの結界を解こうとする魔術師を呼ぼうとしとるん?と俺の予想を当てた彼が銃を持った手でとんとんと肩を叩くと、あー…若しかして簡単に結界の中に入って行った奴等がお前の友達なのか?と言った。 その台詞を聞き、目を丸くさせる。真逆衛宮と凛が此処に来ているのか…。驚いた表情で振り向くと、矢っ張りお前の友達なのか…と彼がふっと笑みを零す。 「あの二人なら俺の仲間が仲良く相手しているで。時間の問題もあるし、お前は大人しく殺されて呉れへんか…?」 俺の殺人定義を成立させるにもな…そう言って彼――佐野陵牙は肩を叩いていた銃をもう一度構え直す。さっきまでは照準を逸らして撃ったのかもしれないが、今撃ってくる銃弾は今度こそ心臓を狙ってくる筈…そうなる前に先手を打っておかなければ…。 ほな、さいなら…男がそう言い銃の引き金を下ろそうとした瞬間、俺は人差し指を相手に向けると指先から黒い弾の様なものを出し、人を呪う北欧の魔術・ガンドを相手に向けて撃った。 黒い弾を見た陵牙は目を丸くし横へかわすところを狙って続けて彼に向けてガンドを撃ち続ける。と、避けるのも埒が空かないのか銃口をガンドに向けて発砲すると姿勢を低く屈んで足に力を篭めると一気に俺との距離を縮める。 近距離でだとガンドは撃てないと推測したのだろう、見事な頭脳にチッと舌打ちすると彼の腹目掛けて拳を振り上げる。流石に其処までは予測出来なかっただろう、拳がもろ腹に命中する。グッ…と呻いた声をあげ腹を抑え蹲ったところを見て俺は彼から背を向け走り出す。 取り敢えず二人が今どんな状況になっているか知りたいため屋上を目指した。屋上へ着くなり近くに立てかけてあった物干し竿をドアの斜めに引っ掛けると錆びついた手摺りに近寄り下を見下ろす。 病院の駐車場で凛が筒の様な帽子を被った魔術師と、衛宮は黒い着物を着た忍者と、それぞれ戦闘を繰り広げていた。筒帽子を被った魔術師は兎も角、忍者は丸で手加減しているかの様で、衛宮に深い傷を負わせてはいない。 今のところ二人とも無事か…ほっと安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした時、物干し竿で負債であったドアが行き成りドカァンッとぶっ飛んで錆びついた手摺りを飛び越えて下へ落ちて行った。 俺は驚いて後ろを振り向くと矢っ張り手榴弾使ったらドアも吹っ飛ぶかぁーっと、陵牙が手榴弾の安全ピンを吹っ飛ばされたドアに向けて弾き飛ばすと、 「ところでお前…意識不明だったのになんで意識を取り戻したんや?」 「それは……その前に意識不明の中、夢を見てたんだ。藍色の目をした少年とその母親らしき女性の夢。その夢で意識を取り戻したんだ」 彼に問い出された質問を素直に答え、更に意識混濁の中見た夢のことを話すと、ぴくりと陵牙の瞼が一瞬 冷たいコンクリが背中に当たり更に肩に少しだけ痛みが 凝乎と藍色の目で俺を見詰めると、その夢の中の少年は…と言ったところで口を閉ざしほんの少しだけ俺から視線を逸らし逡巡したかと思いきや、再び俺を見て閉ざした口を開く。 「その少年は……悲しい顔、していなかったか?」 「悲しい顔…?…いや、到って幸せそうな顔してたけど」 「…そうか……それだけ聞けたならそれで満足や」 そう言って喉許に当ててたナイフをカチャッと軽い音を立て鋭利な刃を喉許へ食い込む様に当てると、これでさいならや…高嶺優…と囁く様に俺の名を言うと喉許を横へ薙ぐ様に掻っ切ろうとした。 もがいても離すことも出来ない俺はそのままキツク目を閉じて“死”を覚悟して喉許の痛みに耐えようとした。が、喉許から迸る鋭い痛みが喉許から感じてこなくて喉許から吹き出る血の勢いも感じなかった。 それに彼に拠って押さえつけられたいた右手の、ぎゅっと握り締められた感覚がなかった。何故だと思うその前に耳からガハッという声が聞こえた。 今の状況が如何なっているのか知るためそろそろとキツク閉じられた目を開くなり、よぉ…久しぶりだな、と聞き覚えのある声が聞こえた。ようやく開かれた目に映ったのは青い服に身を纏った紅い槍を持った“英雄”だった。 「…ラ、ンサー…」 「お…なんだ?その信じられない目は」 俺が着たからには安心しろ――と、ランサーは上半身を起こした俺の頭をくしゃくしゃに撫でるとその手を離し槍に添えると、却説…そろそろ起きても良い頃かなぁ〜?とドアが吹っ飛ばされた場所を見る。 俺も其処を見ると痛ッ…と、陵牙が空いた手で腹を抑えると相手に二度も腹を殴られ蹴られるとは思っても見なかったわ、と言ってふらふらと立ち上がり手から離れていったダガーナイフをもう一度握り締める。 「若しかして…ランサーが助けて呉れたのか?」 「当たり前だろう?第一、手前は俺のものだからな。人の所有物を勝手に取ろうとする奴は俺が絶対にさせねえからよ」 「……七十点。その前に俺はお前の所有物になった覚えはない!」 「俺の血を流した地点で俺の所有物決定なんだよ!この見習い魔術侍め。いや…見習いサーヴァントと言っておこうか」 「なんだよその見習いサーヴァントって……。見習い魔術侍の方がまだ良かったかもしれない」 「――……魔術師…?」 と、さっきまで押し黙っていた陵牙が俺とランサーのやり取りを聞いてようやく口を開いたかと思いきや、はは…だからあの黒い弾が出てきたんかいな…と乾いた笑い声をし乍ら言うと、なら相当殺し甲斐があるっちゅうことやな!と言って今度はランサーに向かってナイフの刃を振るう。 彼がナイフを振るうことを知ったのか、ランサーは俺を後ろへやって槍でナイフを受け止めると、早く行け!と俺に向けて短く言うとナイフを払い除ける。 その言葉の意味を即座に了解した俺は、戦闘を開始した二人から離れドアを吹き飛ばされた入り口に向かって走り出した。 その時だった。パァンパァンッと張り詰めた音が立て続けに二回、静かな外を響き渡す。 その音が銃声の音だと気付いた時には右腕と左足から銃弾に拠って撃たれた痛みが全身を鋭く駆け巡り始めた。 痛ッ…と一言呻きガクッとその場で片膝を着くと、右腕と左足から感じてくる鋭い痛みに歯を噛み締めて耐えていたら、あんまり耐えていたら辛いだけだよ…?と入り口の向こうから陵牙とは違う別の声が聞こえたかと思いきや、闇い入り口の向こうから長身の男が屋上に出る。 青い短髪をした青い瞳を持つ青年だった。紫紺色の上着の右袖を捲って剥き出しになった右腕に青色と緑色の布が交差したバンダナを巻いていた。勿論その手には刑事ドラマで良く見かけられる拳銃が握っていた。 ランサーと戦闘をしていた陵牙が彼を見て、おー 至急応援に来て呉れと言ったのは何処の何奴だよ…と彼――征人とか言っていた――は、必死で痛みに耐えている俺に近寄るなり髪を掴んで無理矢理上を向かせると、額に銃口を押し付けられた。 「別に君には恨みなど全くないけれど……折角だからまた闇の中で寝ていてね」 丸で誰かに捧ぐ詩の様な言葉を言うと拳銃の引き金に指をかけ引こうとした瞬間、彼の後ろから人影が突然現れてきたかと思いきや、人影に気付き振り向いた彼のこめかみに向けて、えいっと拳で思いきって殴りつけた後更に追い討ちをかけるかの様に足蹴で腹目掛けて蹴りつけると、襟元を掴んでそのまま錆びついた手摺りに向けてぶんっと風切り音をたて投げた。 こめかみを殴られ腹を蹴られ投げられた彼は手摺りに背中を強打しグハッと短い声をあげ、頭を垂れた。多分気を失ったのだろう、ぴくりとも動く気配がなかった。 俺は暫く気を失った彼を見ていると大丈夫ですか?と人影――可愛い声からして彼をあそこまでしてやったりしたのは女性なのか?――が、俺に近寄ってその場でしゃがみこむ。其処で俺はようやく彼女の容姿を確認することが出来た。 長く伸ばした紅い髪と同じ色をした着物を着ていて、黄色の目で凝乎と俺の顔色を窺っている。 俺が返事を返す前に、撫子……と、ランサーと戦闘をしていた陵牙が彼女を見てぽつりと名を呟いた途端、彼の背後から彼女とは違う別の人影が現れ、見覚えのある手に持っている黄金の剣を彼の首に当てる。ふわり、と金髪の髪が風に煽られ、碧眼の瞳で陵牙を見ると静かに言った。 「動かないでください…これ以上無意味な戦闘は此処で終わらせるようにと、北条司さんからの伝言です」 「 先にランサーが彼女――衛宮のサーヴァント・セイバーに向けて言うが彼女はそれに動じず、この無意味な戦いを止めにきただけですよ、と言った。 北条司…?…と、黙っていた陵牙がぽつりとセイバーが言っていた男の名を口にすると首を振り向いて彼女を見る。見る、というより丸で睨んでいる感じがしてきた。 「お前……なんで斉藤司のことを知っているんや?」 「私が言っているのは“斉藤”司さんではなく“北条”司さんです。…抵抗するのであれば、私が相手して差し上げましょう」 彼女の真っ直ぐで揺らぎない目に怖じ気付いたのか、陵牙はセイバーから視線を逸らしチッと舌打ちをするとダガーナイフの刃を仕舞い、コートのポケットに入れる。彼女はそれを確かめた後、彼の首に当てた剣を離すとランサー…貴方もですよ、と言う。 彼は彼女の言葉を聞いて彼女から視線を逸らし、チッと陵牙同様舌打ちをすると紅い槍を仕舞う。やっと仕舞って呉れてほっと胸を撫で下ろしたセイバーは撫子さんに近寄って耳打ちをするなり手摺りを飛び越えて下へ行ってしまった。司という人のところへ様子見に行ったのかもしれない。 俺は痛みに耐えて立ち上がろうとしたところを、無理して立ち上がるなよ、とランサーが此方へ近寄うなりそう言うと片膝を折って屈むとそっと銃弾に拠って撃たれた左足に触れる。 「痛むか…?右腕と左足」 「…平気…これくらいなんともない、」 「なんともないなら態々我慢した顔をするなよ…」 こっちまで辛くなるじゃねえか、と言った時これをお使いください、と紅い髪の女性――撫子さんが無地の布をランサーに差し出す。サンキューと彼はその布を受け取り、ビリリッと包帯と同じ幅で破くと、左足から流れ出る傷跡に当てぐるぐると巻き始める。 「足…巻き終えたら腕やるから今のうちに袖捲れよ」 「言われなくても捲るよ」 そう言って俺は傷口に触れないようそっと紅く血に染まった袖を上着ごと捲る。撃ち抜かれたところから血が今でも止め処なく出てきて肌が血糊でテカテカと鈍く光っていた。 流石に治癒魔術くらいは身に付けておいた方が良かったかもしれないな、と今更悔いていたら、彼は左足に巻かれた布をギュッと解かない様に結びつけると、ほら…袖捲ったんなら傷口診せろ、と言われる。 俺は言われるがまま、彼に右腕を差し出すとそっと優しく触れると傷口に布を巻きつける。 と、俺の横に誰かが坐りこんできた。見ると陵牙が悲しそうにも心配そうにも見える悲愴な顔で俺を見るなり、征人さんの弾食らっても我慢出来るなんて…相当無茶する奴やな、と言った。 「無茶してる…って言うのかなこれが。俺にはこれが無茶してるには思えないんだ」 「自覚してないんか…?自分がこれ以上までの無茶をしているってことを」 「陵牙…優に何言ったって無駄無駄。 「悪かったな我慢出来る奴で…。でもライダーの鎖に貫かれて平気じゃなかったさ。物凄く痛かった、」 「 と、行き成り陵牙の声のトーンが落ちたかと思ったら彼は俺から視線を逸らして灰色のコンクリに視線を落とすと、羨ましいなぁ…と乾いた笑い声と共に擦れた声で呟く。 「俺にもそんな我慢が持てたら…あの時でも平気に……我慢、出来たんやろうな」 「あの時…?…あの時って、」 「なぁ、高嶺優……。お前は、目の前にいた大切な人や家族を失ったところを見たことがあるか…?」 「大切な人を…失ったところ…?」 「俺はあるで…たった一人の…憧れてたあの背中を…あの笑顔を…突然失ったところを」 陵牙はそれだけ言って立ち上がると俺から離れて気を失っている征人さんに近寄ってその肩を揺り起こす。 目の前にいた大切な人や家族を失ったところを見たことがあるか…?――陵牙が言ったあの言葉が何故か頭の中から離れなかった。多分似たようなところがあるかもしれないせいだろう。脳裏から幼き頃の記憶が思い出してきた。 亡き姉の優しい手が泣き続ける俺の頭をくしゃくしゃと撫で、そんなに泣かないのと優しい声で慰めて呉れて、生涯大事にしてきたエメラルドの宝石が嵌められたペンダントを俺に託して、見知らぬ男と一緒に何処かへ行ってしまったあの優しい背中を最後に、唯一身内として俺を大切にし護って呉れた姉はいなくなってしまった。 たった一つで大切にしてきたエメラルドのペンダントを俺に遺して――。 ギュッと右腕に結んだ布の締め付けが少しキツイからか、傷口が少しだけ疼痛してきて目を顰めると、悪ぃ少し強すぎたか?とランサーが一度結んだ布を一度解こうとしたところを俺は空いた左手で彼の手にそっと触れ、大丈夫だよと短く言って無理矢理笑顔を作る。 何時の間にか昔の記憶に酔いしれていた…さっきの締め付けが現実に戻して呉れて良かったと俺はそう思った。 そうか…と彼は短く言って彼の手に触れていた俺の手を空いた手で握り返すと、握った手の甲にそっと触れるだけのキスをすると、無事で良かった…と俺に向けて呟く様な声で言った。 俺は少し言葉を選んでから一瞬だけ逡巡して、彼に向けて言った。 「……御免な、迷惑かけてしまって」 「お前さんは何にもしてねえだろう?それだと迷惑かけたとは言えねえ…」 「そう……かな?あんたには充分迷惑かけたと思うんだけど」 「何言ってやがる、第一そんなことに何時も気にするこたぁねえよ」 と、彼は俺の頭をくしゃくしゃと撫で回していたら赤い結界がふっと頭上から段々消えていくところを視界の隅が捉えた。 セイバーが言った司さんという人が筒帽子の魔術師に説得して解いて貰ったに違いない。ほっと胸を撫で下ろしてたら、なんだ?お前…此処にも血が出てるじゃねえか、とランサーが右足の踝についたかすり傷を診て言った。 「只のかすり傷だから放って置けば治るって」 「馬鹿野郎、放って置いたら菌が入るじゃねえか。ほらこっちも診せろ。巻いてやるから」 「…はいはい分かりましたよ診せてあげますよ……そういえばバゼットさんと一緒じゃなかったのか?」 「あぁ、バゼットならセイバーのマスターの家に置いていった」 「おい、自分のマスターを置いて行くサーヴァントがいるか!」 「自分のマスターを心配するより俺の所有物の方が心配だからよ」 「…だから、俺はお前の所有物じゃねえって言ってるじゃないか」 これだから猛犬は困るなぁ…と溜め息混じりで言うと、手前まで猛犬と言うなよと言い返され、残り少なくなった布をかすり傷がついた足元に巻き始める。 でも…今回だけは許してやっても良いかな…。そう思った俺は巻き終えた右腕の傷にそっと触れて、段々痛みが引いてくるのを感じつつ夜の街を手摺りに寄りかかり乍らぼうっと見ている陵牙の後ろ姿を見た。 彼が失ったものが妙に昔の俺と重なっているからである。彼が失ったものが大切な人であれば、俺が失ったものはたった一人しかいない身内である姉だ。 『失ったもの』に妙な共通点を感じたのだ。俺も彼もどっちも『失ったもの』同士なのかもしれない。 けど、彼があの悲愴な顔で言っていた『あの時』って一体何だろうか…。立ち上がろうとしたのだが撃ち抜かれた痛みのせいであろうか、思うように立つことが出来ない。何かに縋って行くしかないかと思った時、病室に行くんだったらおぶって行ってやるよ、とランサーがかすり傷を巻いた布を結ぶなりそう言った。 「…なんでお前におぶって貰わなきゃ行けないんだよ」 「足撃たれちゃ立つことも出来ないだろうと思ってさ」 「…その心遣い、有り難く受け取るけど自分で立てれる、」 「色男におぶるのが嫌なら俺がおぶってやらんでも良えけど?」 と、さっきまで夜の街を眺めていた陵牙が視線を逸らさないまま俺に向けて言い、寄りかかったまま後ろを振り向くと、如何や?と再度俺に向けて聞いてきた。 却説如何しようか…彼の返事を如何返そうか右往左往していたら、色男ったぁ俺のことか?陵牙、と先にランサーが彼に向けて言う。 てか、色男が自分のことかと聞いて如何するんだよ…。半ば呆れていたら、はは…とランサーの問いに苦笑した陵牙が振り向いて手摺りを背中に預ける。 「せや。あんた…よぉーっく見たら意外と綺麗な顔してるやないか。最初に戦った時顔傷つけなくて良かったわ」 「ほぉー、手前…真逆この俺をからかって言ってるのか?それとも褒めて言っているのか?」 「両方や阿呆。それにあんたとの戦いのお陰で俺の背中に横一文字の傷跡が残ってしまったやないか。如何いして呉れるんや?」 「横一文字の傷跡ねぇー、良いじゃねえかそんな傷跡くらい一つや二つ残したって悔いなんか残りはしねえって」 「ていうか、お前等俺が意識不明の時に一回戦ったんじゃないか…」 初めての戦いかと思って少し冷や冷やしたのだが、一回だけ戦ったことあったのか…。俺は二人のやり取りを聞いて、はぁ…と呆れた気分と共に溜め息を吐いたのだが同時に少しだけ安堵した。 ランサーが無事なままでいて呉れた…それだけで心の何処かが安堵するのだ。思わずふっと笑みを零した俺の視線に気付いたのか、彼は俺を見て、なんだ?俺がこんくらいのガキ相手にやられると思ったのか?と言ってぽんっと俺の頭を軽く叩く。 「一応な…でも無事で良かったよ本当。怪我しただろう?」 「左肩にちょいと隙を見せちまってな、撃たれちまったよ」 「撃たれたってっ…。それで良くあんなに早く動けるよな」 彼の話を聞いていた俺はそっと撃たれたと思われる左肩にそっと触れて言うと、ま…俺が無事でいたってことは天が味方して呉れたお陰かねぇ、と言って左肩に触れた俺の手を握り締めると、真逆…と陵牙がハンッと鼻を鳴らしてちらりと夜の街を見る。 「そのサーヴァントとかいう英雄のお前に味方して呉れる相手がおるんか?」 「勿論いるさ、此処にいる俺の所有物が俺にとっちゃ唯一味方して呉れる相手だからな」 「だから、俺はお前の所有物じゃねえって何度言えば 俺の手を握り締めている彼の手を払うなり陵牙はそれを見てくすくすと笑い、あーあ…嫌われちゃったな、とランサーに向けて言い放つ。と、彼はその言葉に反応して陵牙を見るなり、此奴はまだ嫌いも一言も言ってねえじゃねえか!と言い返す。 彼の返事を聞いた陵牙は分かっとる分かっとる、と言い乍らもまだ微笑の絶えない口許を手で押さえるとくすくすと笑って、背中に預けていた手摺りから離れると同時に今まで気を失っていた征人さんが。うーんと短い唸り声を上げて覚醒すると陵牙は彼を見下ろして、征人さん…勇輝の結界解かれたから今日は此処で引き上げや、と言って屋上の入り口に向かう前に再び俺に近寄る。 「今度…時間が空いた日で良えから一緒に俺の実家に行かへんか?」 「お前の実家に…?…けどさ、なんでお前の実家に一緒に行かなきゃいけないんだよ」 「良えから、何ならあの外国人の人も斉藤司も一緒に連れてきても良えから…」 「…まぁ、一応考えてやっても良いけど……でも実家に何の用で行くんだよ?」 思わず上目遣いで陵牙を見ると、決まってるやろ…?と彼はニッと笑みを浮かべるなりズバッとその理由を切り出した。 「槍で相手するならこっちは刀で勝負するのみやろ。実家にはとっておきのものが遺してあるんや」 そのとっておきを使うてランサーとリベンジするんや…彼はそう言って俺から離れると入り口に入りタンタンと階段を下りる軽い音が向こうから段々遠ざかっていくのが聞こえた。 と、さっきまで黙っていたランサーが陵牙が行ってしまった後を見送る様に見ると、リベンジ、か…とぽつりと一言漏らす様に呟くとニッと口角を吊り上げて微笑すると、望むところじゃねえか、と言って俺の手を握って先に立ち上がり俺を傷口が酷くならない様そっと立ち上がらせる。 「リベンジするのか…?」 「勿論。最初は隙を見せちまったが今度こそは絶対に勝ってやる」 「…はぁ…矢っ張り猛犬だな、お前は」 「だから俺の所有物のくせに猛犬とか言うなよ」 「だから、何度言えば理解るんだよ。俺はお前の所有物じゃねえ!」 俺は噛み付く様に言った時、一歩前に出した左足に痛みが走り出し少しふらついてしまったが、直ぐに彼が俺を支える様に右の二の腕を掴むと、肩貸してやるから一緒に病室に戻ろうぜ、と言った。 俺は返事を返すその前に征人さんと撫子とか言う女性を姿を探したが二人の姿が何処にも見当たらなかった。多分征人さんは先に行ってしまった陵牙の後を追っていって、撫子とか言う女性はセイバー同様手摺りを越えて下に行ったに違いない。 【GAME】に参加している人たちは皆、何も告げずに早々と現場からいなくなってしまうものなのか…。俺はそう思った後ランサーに向けてうんとようやく彼の返事を返すと、緩慢と一歩ずつコンクリの上を歩き乍ら夜の屋上を後にした。 |
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