氷雪と宵闇―The unlimited Breakers prologue(前) |
作者: 清嵐青梨 2009年03月29日(日) 18時59分52秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
ぽぅ…と交通事故で死んだ男性の魂魄の色彩が薄れ、優しい微笑みと有難う…という言葉を俺に遺したままその場から消え去って行った。その様子を見送った俺は斬魄刀を鞘に収める。 今ので5件目か…俺は今晩やってきた魂葬の回数を振り返るなり、ふぅ…と溜め息を吐いて首を左右に捻らせ、肩を上下に動かし始める。 (流石にこれまでの魂葬をやっていたら疲れるのも当然だよなぁ) 死神になって魂葬っていうものをやり始めて云々年…思えば院生時代、魂葬実習の時に呆気ないなという恋次の言葉を改めて理解し、その場で腰掛けると魂葬してやった魂魄と酒を交わしたかったなと、魂魄が行ってしまった場所に視線を映す。 安堵した魂魄の微笑みを思い出し、ふっと思わず笑みを零す。そして此処にいてはまた冬獅郎に怒られてしまうな、と思ったことを口に出すと立ち上がってうんと背伸びをする。 「それにしても…呆気なく終わっちゃったなぁ。でも早くソウル・ソサエティに戻っても――」 俺はそう言って左足に軽く力を篭め夜の空を駆けようとした途端、そんなに遠くはないが背を向けていた向こうから只ならぬ霊圧を感じ取ったのだ。思わず駆けようとした足を止め後ろを振り返る。 さっきから身体中にひしひしと伝わってくるこの霊圧は死神とは全く別物だった。殺気こそ感じはしないが明らかに向こうから隊長級を上回る程度の霊圧は一護くらいのものなのだが、この霊圧は一護のものではなかった。 かといって死神でもない霊圧を見逃すわけには行かず、取り敢えず確認だけはしておこうと思い俺はようやく夜の空に一歩踏み出して瞬歩を使って駆け始めた。 オフィスが建ち並んでいる街から離れ、坂を越え鉄で出来た格子の門を突破し沢山の木々に囲まれた道を走り抜けると、目の前に廃墟の城が見えその場所からさっき感じた霊圧を再び感じ取る。 テラスだと思われる場所で下りて、壊れた窓硝子から城内へそっと侵入すると入った部屋のドアを開けて長い廊下を歩く。けど何が仕掛けがあるかも知れないので警戒心を鋭くさせ乍ら右の廊下を曲がる。 と、其処で明るく燈されていた電燈が切れ、代わりにぽっかりと穴が空いた天井から差し込んだ青白い満月の光が襤褸襤褸に壊された広いエントランスホールと其処に佇んでいる一人の男を照らしていた。 鈍い青色の髪をした、一護と同い年くらいか年上の男が赤いコートを腕に抱きしめたまま床の上に坐り込んでいた。 勿論その少年に見覚えがあった、確か青い服を着ていて紅い槍を持った“英雄”のところにいた魔術師で、その英雄に自身の血を飲ませ“サーヴァント”の能力を手にした少年だった。 けど何故こんな人気の無い廃墟の城に“英雄”も連れず一人佇んでいるのだろうか…。俺はその様子に見ていられなくなり階段を下りて行く。 草履の音に気付いたのだろう、彼ははっと顔を上げ後ろを振り向いて俺の姿を青い瞳が捉える。それに合わせ残りの段差を残しその場で立ち止まった。 「……なんだお前か。その姿だと、また誰かを」 「殺した、なんていうことはしてないよ。魂魄をいるべき場所へ送り出しただけだよ」 一々人聞きの悪いことを聞くなガキ、と再び階段を下り乍ら言い返すと、ようやく階段を下りきって彼に近寄る。彼は立ち上がって腕に抱きしめていた赤いコートを羽織り、お前だってガキじゃないかと言い返してきた。 無論、その言葉にカチンと頭にきた俺はお前より年上なんだよこのガキ!と噛み付く様に言い返すがそれに動じずさらりと、じゃあ身長が小さいからガキに見えるだけと短く返された。 流石に身長のことに関してはあまり気にしないようにしておいたのだが、どうも彼の言い方には一々頭に来るらしく冷静になっていない自身に向けて、落ち着けと何度も念をかけるとそろそろ本題に移すことにした。 「…なんでこんなところに居るんだ?此処に用があったのか?」 「一寸だけあったけど今はもう済んだ…これから帰るところだったんだよ」 だからお前も早々とソウルなんとかというところに帰って、仕事して来いよ―― そう言って彼は俺の傍を横切り階段に向かって行こうとした時、俺はちらりと彼の顔を見た。 俺に向けた僅かな微笑みは何時もの表情なのだけれども、その表情から何処か悲しい色が浮かんでいた。目の前の人が死んでしまったことを認識していない、いたいけな子供の表情の様だった。その表情を見たと同時に、俺はふと昔の自分を思い出した。 昔の自分も彼の表情と同じ、“死”というものを認識せず涙も一切流さない少年と彼を重ねたのだ。思わず俺は階段を上ろうとしていた彼の服を握り締め、その背中に額を押し付け俯く。彼も服を掴まされてたことに気付き、立ち止まる。 「……なんだよ」 「お前…なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだよ?」 「…なんで俺が悲しい顔なんかする必要があるんだよ?」 「する必要あるさ、なんであんたは何も言わない?なんで此処で人が死んだという事実を話さない?」 「………確かに俺がいたあそこで独りの“英霊”が死んだ…。だけど俺はお前とは違って死んだ瞬間なんか見てもいないし最期の言葉も聞いちゃいない」 「そうかい……じゃあなんで」 なんで声が震えてんだよ――? その一言を聞いて反応したのだろう、彼は己の喉に触れ小さく息を吐き捨てるなり触れた手で服を握り締めていた俺の手を払い、振り向いて再び俺を見ると胸倉を掴んで自分のところに引き寄せる。 俯かせていた顔を上げると彼の顔からは微笑みが消え去っていて、青い双眸が潤んでいた。今にも泣きそうな顔をしていたのだが、改めて双眸を見るとその目からは怒りの色が雑じっていた。何故今にも泣きそうな顔で怒りの色を見せるのだろうか。 そう考えていたら、お前に…と震えた声で一言呟いた瞬間、双眸のうち右目からつぅ…と一筋の涙が頬を伝っていった。伝っていった涙の一筋が妙に輝いて見えた。 それでも怒りは治まることなく彼は俺に向けて言った。 「お前に俺の何が分かるって言うんだ!?お前等死神なんかに失った人の気持ちなんか 「……確かに俺はお前が何を失ったのかは知らないし失った気持ちを知らない。だけど死神の俺でも失ったものは同じだ。それも自身の手で殺して、だ。お前には自身の手で殺した悲しみなんか知らないだろうけど、自身の手で殺した悲しみも結局は最愛の人が目の前から突然消えてしまったのと同じなんだ」 お前が一体何を失ったのかは理解らないけどな――俺はそう言って、目を見開いて俺を見ていた彼の手を握り胸倉から引き剥がす。 彼の手を離して背を向けると言われた通り早々とソウル・ソサエティに帰らないとな…と思い、ドアに向けて歩き出した。 その時だった。一時静まっていた彼の霊圧が行き成り上がってきたかと思いきや霊圧に雑じって僅かな殺気を感じた。俺は振り返り彼を見ると、手には魔術で投影した日本刀を構え持ち俺に近寄るなり横から斬りかかって来た。 思わずその剣撃を避け後ろへ下がると斬魄刀を握る。但し抜刀しないまま俺は彼を見据える。彼は刀を構え直すとふらり、と身体を少し揺らして再び俺を見る。青い双眸からは怒りに雑じって殺気を帯びた色で凝乎と俺を見詰めていた。 「お前……行き成り何するんだ!?俺を殺す、」 「勿論殺すさ。仮令相手が誰であろうとな」 声も震えていない本気の言葉を言った彼は構え直した刀で俺に近寄り再び斬りかかってきた。さっきは油断してしまい思わず避けてしまったのだが、このまま避けていては攻撃を仕掛ける隙が出来ない。かと言って此処で戦闘を止めろと説得をしても今の彼には説得をしても決して止められはしない。だったら手はたった一つ――。 自らの手で殺すしか術がない、か――。俺はそう思い、剣撃を避け身を屈めると足払いを仕掛け相手の足を蹴る。蹴った足は見事に命中し 彼は刀の剣撃を避け後ろへ引き退がると立ち上がり三度俺に近寄って刃を振り翳す。その剣撃を受け止めると彼を見て言った。 「お前……俺を殺して何になる?殺しても何も残らないだけだ!」 「残るさ…己が言った言葉を後悔する分にはな」 「だから…俺が何故お前に殺されるようなことをされなきゃ、」 「お前が自身の手で誰かを殺したと同じ、俺は昔姉貴が突然死んでしまった記憶くらい持っているんだよ!だから言ったじゃねえか…お前等死神に、」 俺の何が理解るっていうんだ!!!―― そう言って彼は刃を弾き返し左袈裟から斬りかかってきた剣撃を再度受け止めるとそのまま受け流し、彼の腹を蹴り上げると距離が離れたところを見て床を蹴り上から斬魄刀を振り上げる。それに気付き彼はその場から退がると此方から斬りかかってきた剣撃を避け乍ら、空いた手で魔術で小刀を投影するとそれを俺に向けて投げる。 行き成り投げてきたそれを横へ弾き返した、それが俺が見せた一瞬の隙だった。彼は一気に俺との距離を縮ませると右手に握り締められた日本刀を振り上げた。 俺は瞬歩で横へ避けなんとか剣撃を避けることが出来たのだが、死覇装が相手の剣戟に拠って少し破れてしまっていた。 チッと舌打ちして振り上げてきた日本刀の刃を斬魄刀ではなく素手で受け止めると、左足で回し蹴りを食らわす。爪先が右脇腹にめり込んだ感触を感じ、日本刀を相手の手からもぎ取るとそのまま向こうへ蹴り飛ばした。 グハッ…と彼は右脇腹の痛みに耐え切れず瓦礫に全身を強く打ち付けられる。俺は日本刀の刃を握った手から流れ出る血に見向きもせず蹴り付けられた右脇腹を抑えた彼を見る。右脇腹の痛みにグッ…と耐え乍ら空いた手で別の日本刀を投影し始める。 この瞬間を待っていた…。俺は先ほど奪った日本刀を構えると瞬歩で相手に近寄り投影し始めている腕に向けて左袈裟から振り下ろす。 きらり、と月光に当たった刃の煌きに気づいたのだが、避ける ツツ…と流れ出る血には見向きもせず再び投影し、全く別の日本刀を生み出すと俺に近寄って傷ついてないほうの腕を振り上げる。俺はすかさず日本刀で防衛したのだが日本刀は刃同士ぶつけあった瞬間脆く砕け散ってしまった。 その隙を盗んで俺は相手との距離を置いて様子を窺おうと瞬歩で彼の背後を取り顔をあげたのだがその場に相手の姿がいなかった。 何処にいるんだ…左右を見回して相手を姿を探していた途端、背後が行き成り陰ったかと思いきや、背後からハァァッ!と短い声が張り上げる。その声を聞いて俺は後ろを振り向いて相手が振り上げてきた日本刀を受け止めた。 だが、相手は両手が使えない俺の隙を見たのだろう。彼は空いた手で小刀を投影すると腹目掛けて刃を突きたてた。貫かれた腹から鋭い痛みを感じた俺は相手の日本刀を弾き返し鬼道を唱えようとしたのだが、傷ついた腹を思い切り蹴られ床に押し倒された。 腹の痛みに耐え乍ら起き上がろうとした瞬間、相手がその上を塞ぎ右足で傷つけられた腹を踏みつける。再び鋭い痛みが奔り、流石の俺でもこの痛みに耐え切れずグァッ…と小さな呻き声を上げる。身体中に奔る痛みに耐えようとギリリ…と歯を噛み締めていたら、痛みに辛く耐えなくていい…と彼がカチャリと日本刀の切っ先を喉許に定める。 「これで理解っただろう?お前は俺について何一つ理解することが出来なかった……所詮死神は死神。現世で生きる人間の気持ちなんか只の一欠けらの砂程度だっていう脳しかないんだ」 「一欠けらの砂程度、か……ほざくんじゃねえぞガキが。死神にだって現世で生きる人間の気持ちのことをちゃんと理解しているんだよ…俺にだって、親友のことをちゃんと理解っているんだよ」 「死神になりたいと思っている人間、だろう…?… 「殺したんじゃない… あんたにだって、お姉さんから自分の分まで生きろと言っていなかったか?―― 痛みに苦しみ乍らも俺は喉許に突きつけられた日本刀の切っ先を払い除け、彼の顔を見てそう言った途端、彼は何かを思い出したかの様にはっとした表情になり俺から視線を逸らして俯いた。 彼が幼い頃、生きていた姉から自分の分まで生きるよう約束を交わしたのだろう。昔の記憶を思い出してその記憶を振り返っていた。でも直ぐに俯いたままふるふると首を振り、だけどまだ悲しそうな表情で顔をあげ俺を見るとだったらなんで…と言って払われた日本刀の切っ先を喉許に向ける。 青い目から沢山涙を溢れ流し乍ら、日本刀を構え持った手を震えさせ乍ら、彼は涙声で言葉の続きを紡いだ。 「なんで………姉貴を 「………それは、」 俺は涙を流している彼に如何言えばいいのか分からず、只々悲しそうな表情を見詰めたまま言葉を紡ぎ出そうとした時、彼の胸椎を何かが貫いて弾き飛んだ血飛沫が俺の頬に数滴当たり喉許に突きつけられた日本刀が彼の手から離れ、カランと乾いた音を立てる。 その音と同時に彼は荒げた息と同時にガハッと血を吐き出すと胸椎に刺さった何か――鈍色に輝く剣だった――を力強く引き抜くと、涙を流した青い目を閉じてそのまま前のめりから倒れこむ。俺は腹の痛みを堪え乍ら起き上がり倒れた彼の身体を支える。 サーヴァントの血が流れている以上、剣士のサーヴァント同様傷の回復は出来るのだが改めて彼の容態を見ると、荒げた息をしていて胸椎から感じる鋭い痛みに耐え抜こうとしている。仮令サーヴァントの回復力で治るとしても今の容態では時間が掛かってしまう。 俺は出来る限り彼の傷の回復を試みようと貫かれた胸椎に手を翳し治癒の鬼道を使おうとした時、 「其奴に手を借りることはないぞ死神――」 俺の後ろから聞き覚えのある堂々とした声が廃墟の城を響き渡せる。その声と同時に後ろから赤い光が差し込んできた。後ろを振り向くと金色の髪に紅い瞳、金色の鎧を纏った“英雄”が赤い門が開いて無数の宝具を呼び出していた。 俺はその人物を見据えたまま、如何いう意味だと聞くと英雄は左手で己の顔半分を覆い隠し俺を片目で見、其奴はサーヴァントの血が流れた魔術師だ。放っておけば自然に傷は癒えると言って顔半分を覆い隠していた手を下ろすと、だが今の其奴に完全に傷を癒す力は残ってはいない。このまま放っておけば命は時間が経てばいずれ亡命すると言った。 「……それじゃ、なんで殺した」 「其奴は聖杯戦争に参加している。仮にもあのアサシンのマスターだからな、此処で始末して当然であろう」 「……じゃあ、死神で聖杯戦争に関わりのない俺は対象外で殺さないってことか」 「否……仮令死神でもこの聖杯戦争を知られては困るからな。このままいっそ貴様を始末してやっても構わんのだぞ」 「そっかよ……。…それ聞いて安心したよ」 俺は英雄に向けて一言投げると荒い息をし続ける彼を抱き上げ、瞬歩でエントランスホールを抜け誰も使われていない一室の部屋に入り、設置してあったベッドに寝かせてあげると襤褸襤褸の服を少し破いて怪我の容態を診る。 サーヴァントの治癒能力がかなり発達している証拠なのかもしれない、胸椎の傷はほぼ塞がっているのだが未だ荒い息をし続けている。 外側は塞がっていても内面は回復していないというところだろう。俺は部屋の中を回り、戸棚から救急箱を出して応急処置を施すと瞬歩で部屋を後にし再びエントランスホールへ戻る。 突然現れてきた死神に英雄は、ほぅ…と感心の一言を放つとそれが死神特有の移動というものか…と聞いてきた。俺はそれにあぁ、と一言で応えを済ますとカチャリと斬魄刀を構え持つと再び金色の鎧を纏った英雄を見る。 「もう一度聞くが…お前は本気で俺を始末するのか?」 「…何度もこの我に聞くな死神…我は貴様を始末しても構わんと言ったのだ」 「……有難うよ英雄王。その答えを教えて呉れて嬉しいよ……何故なら」 そう言って俺は瞬歩で金色の英雄に近づくと右袈裟から斬魄刀を振り翳す。 高嶺を殺したお前を殺せることが出来るからよぉ!!―― 俺は最後の言葉を言い放つと刃を振り下ろした。が、それに気付いた英雄は即座に後ろの赤い門の中から剣を抜き取ると、その剣で斬魄刀の刃を受け止め流されるが俺は攻撃を一切止めず真正面から一つでも鎧に傷をつけようと何度も振り下ろす。が、その攻撃は前触れもなく現れてきた数本の剣に拠って塞がれてしまう。 始解して一気に巻き返すしかないか―― そう決断した俺は英雄を庇う様に護っている数本の剣から離れ、指をそっと斬魄刀の刀身に触れだすとその指にほんの少し力を入れ軽く刀身を押すと、光れ…雷神丸、と斬魄刀の始解を詠唱する。 軽く押された刀身が光り輝く雷を帯び纏い、英雄を威嚇するかの様に無数の静電気がバチバチと稲妻の音を鳴り始める。 能力解放状態の斬魄刀を見た英雄は再びほぅ…と感心の言葉を放つと俺の攻撃を受け止めていた数本の剣を移動し、僅かに刃が削れ取れた一本の剣を見る。そして、死神の持つ刀はそれぞれ能力を秘めていると聞いたが…貴様の能力は雷(いかずち)か…と聞いた。 「雷だけど、せめて炎熱系って言ってほしいな。斬魄刀には二つの系統・直接攻撃系と鬼道系に分かれていて、俺の雷神丸は鬼道系に入るんだ」 「鬼道……ほぉ、死神は剣術の他に魔術も使いこなすのか。死神というものは本当に面白い能力を持っているのだな」 「褒め言葉なら有り難く頂戴するよ、英雄王。此処から死神の能力っていうのを見せてやるよ」 そう言って俺は解放状態の斬魄刀を構え直すと刀身にありったけの霊力を篭め、己の全力を全て斬魄刀に注ぎ込む。 それを見た英雄は、なら此方もこの戦いに相応しいもので対抗するとしよう…と赤い門の中から他の剣とは全く別物の剣を取り出した。 刀身が赤い刃で出来た剣だった。無論その剣を見た瞬間明らかに他の剣とは格が違うことに気付く。本来の剣ならば斬魄刀でない限り能力は発揮出来ない。だが英雄が握り締めた赤い刃の剣は絶対に何らかの能力が備わっているに違いない。但しその能力は何なのか、初めて拝んだ俺にはまだ分からないが、実践してみればその能力が分かるかもしれない。 俺はそう思い、ありったけの霊力を注ぎ込んだ斬魄刀を己の傍らへ移動したのと同時に、英雄は握り締めた剣を構える。その時赤い刀身が激しく回転し始め、刀身から紅い霊撃の塊が唸りを上げ渦巻いていた。 「……へぇ、英雄っていう奴は普通の剣を持っていると思ってたんだけど、変わった剣なんか持っているんだな」 「死神の世界には乖離剣エアと同じ様な刀を持っていると思ったのだがな…。どうやら持ってはいなさそうだな」 「当たり前じゃないか……でも、その乖離剣という剣の実力は雷神丸の実力を上回るか否か、この目で見てやろうじゃないか」 「はっ、自惚れるな若造が。この人類最古の英雄王・ギルガメッシュに勝てる奴などこの現世におるわけがない!」 「そうかな…若しかしたらいるかも知れないよ?」「…後になって後悔するなよ、小僧」 英雄が俺に向けて冷たく言い放ったのを最後に、俺は空いた手で斬魄刀を握り思いきり振り上げる。それい合わせるかの様に英雄は紅い霊撃が渦巻いている刀身を標的である俺に向けて放つ。 「 「 英雄が紅い霊撃を放ったと同時に俺は斬魄刀を一振りさせる。雷撃が狼の様な鋭い爪となって紅い霊撃に向かいぶつかり合った。今の戦況だと雷撃の方が威力が上と見えた。このまま押し切って行けるか…そう思ったその時だった。 「……それが貴様の“本気”か?」 ぽつりと英雄がぶつかり合う二つの攻撃を見て呟いた瞬間、紅い霊撃の威力が行き成り上昇したかと思ったら互角にぶつかり合っていた雷撃をいとも容易く掻き消されてしまい、威力を衰えることなく此方へ向かってきた。 このまままともに当たったら身体諸共吹っ飛んで消えてしまう……。チッと舌打ちすると握っていた両手のうち左手を斬魄刀から手放すと、その手を向かってくる紅い霊撃に向ける。 「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。蒼火の壁に双蓮を刻む、大火の淵を遠天にて待つ。破道の七十三、『双蓮蒼火墜』!!」 咄嗟に俺は鬼道のうち破道の七十番台、蒼火墜の上級鬼道を唱えると左手から蒼い爆炎が放たれ紅い霊撃を直撃する。その瞬間、ぶつかり合ったその場から爆発が起き強い風が巻き起こる。 破道の六十番台以外あまり上級鬼道を使わない俺にとっては少し苦であったかもしれないが、兎に角身体ごと吹っ飛ばされなくて済んだのは不幸中の幸いだと思っておこう。 然し近距離での七十番台、然も蒼火墜の上級鬼道を紅い霊撃の近くで詠唱した反動のせいか、左腕から急激な痛みを感じた。でもそんなことは気にもせず、このまま次の鬼道を放とうと左手を相手に向けて翳した時、高嶺に刺された腹の傷が再び痛烈な痛みを訴えてきた。 思わず斬魄刀を床に突き刺し、相手に向けた左手を刺された腹に移動し、痛みを耐えるために歯を噛み締める。 その様子を見ていた英雄が、何もアサシンのマスターに傷つけられた傷を耐えることはないぞ、死神と俺を見下ろすように言った。 「然し…貴様の能力はそのようなものだったのか?隠していないで我に隠された能力を見せろ、死神」 「…っ…は、真逆英雄王に見抜かされたとは…俺もまだまだ未熟だなぁ」 「……一つ問おう、貴様は何故隠している能力を態々他の雑種に見せず隠しているのだ。他の死神もそうだ、何故貴様は自身の本当の力を隠す」 そう言って、英雄は乖離剣を構え持っていた腕を下ろすと凝乎と俺を見詰める。 何故本当の力…卍解を隠しているのか、か――。俺は思わずふっと笑みを零すと…隠している、か……。と呟き斬魄刀に縋りつく様に腹を抑えていた血塗れの左手を柄に移動し握り締めると、恋次の前でも滅多に言わない己の“弱音”を吐いた。 「白状するとさ、この力はね…誰かを護るために身に付けた力なんだ。誰かを護るためならこの身体諸共滅んでも良いくらい、いつでも使っても良かったんだけどね…」 「なら何故、 「理由なんていうもんはない。只…これだけは言える……俺は、」 そう言って俺は床に突き立てた斬魄刀を引き抜いて柄から手を離し、その手を鍔を越え刀身を握り締める。ギュッと握り締められた其処から血が一滴ずつ流れ落ちる。 英雄はそれを見て目を見開くがその痛みにも彼の様子にも気にせず、只々その痛みに耐え乍ら滴り落ちる血の雫を空いた手で一滴だけ受けると、その血をペロリと舐める。 流れ出る血も、痛みに耐える身体も、繋いでいる生命も、全て失っていても良い…。 彼奴を護れることが出来るのならば、この血も…身体も…生命も…息絶えるまで護って見せよう。 己の忠誠は、全てあの方の為に――。 ふっと笑みを浮かべると俺は握り締めた斬魄刀に霊力を篭め、今まで抑えていた己の霊圧を上昇させる。行き成り上昇した霊圧に目を丸くした英雄に言い終えていなかった最後の言葉を言い放つ。 「誰かのために護ることが出来るならば、自分の命なら仮令化け物でも喜んで呉れてやる」 その言葉が卍解の引き金であるかの様に、斬魄刀の刃が黄色い光から血の様に紅く光り始め自分の周りが紅が入り混じった白い煙を立ち上げ、己を覆い隠した。 |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |