BLADE OF SWORD 第三夜
作者: 清嵐青梨   2009年04月22日(水) 00時29分20秒公開   ID:L6pfEASBmTs
放課後に行った進学補習が予想外にも長引いてしまった、それに葛木先生に頼まれてあった本も買いに行かなければいけなかったもので、気がつけば外はすっかり暗くなってしまっていた。おまけに酷い土砂降りまでもが降っているので頼まれて買ってきた本を濡らさない様、傘を持ってきていない自らが土砂降りの中を走らなければいけなかった。


雨は別に嫌いではない、寧ろ雨は辛いことや悲しいことを隅々まで洗い流して呉れるから好きだ。良く姉貴と一緒に傘差し乍ら昔から良く歌った童歌を歌ったほどだ。
だけど今は傘も持っていないので、身体が体温を徐々に奪っていき段々身体が冷たくなってきている。走り乍ら何処か雨宿りするところを探していると、風邪を引いてしまうぞ少年、と後ろから声が届いたと思いきや濡れた身体を庇う様にス…と黒い傘が雨を遮る。

ぶるるっと寒さに震える身体を抱きしめ振り向くと、黒い傘を持っている人物は昨夜教会でマスター登録を正式に許可して呉れた“元代行者”だった。




「言峰さん…でしたよね?凛の伯父の」

「君は高嶺くんだったか。昔から凛のこと良く遊んで呉れたからね」




と、黒い傘を持ち乍らクックッと笑う言峰神父に俺はほんの少しだけカァッと熱くなって彼の顔からそっぽ向いた。昨夜教会で出会った時、何処かで見覚えのある顔だなーとか思っていたのだがたった今それが証明された。真逆昔から凛と良く遊んであげてる俺のことを以前から知っているなんて知らなかったのだから、そりゃ顔を逸らしたくもなるわけだ。

初心者だと思っていたのだが思わぬ不覚だった。冷たく雨に濡れた手を額に押し付けはぁーっと長い溜め息を吐き捨てると、自宅途中なら送ってやらんでも良いが、と低い声で神父はそう言った。




「あ……いえ、どうせ直ぐ近くですし………あの、その袋何処か買い物に行ってたんですか?」
「む。あぁこれかい?急に麻婆豆腐が食べたくなってきてね、雨の中買出しに行ってきたのだよ」
「はぁ……麻婆豆腐お好きなんですか?」
「昔からね、今度私の麻婆豆腐でも食べにきたらどうだい?」
「……今度考えてみます」




俺はにやにやした笑みで言う神父に向けてそう言い、黒い傘から出てまた土砂降りの雨に打たれ乍ら、それじゃ…凛に宜しく伝えてくださいと言って早く柳洞寺に帰るべく再び雨の中を走って行った。








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長い石段を駆け上り、ようやく柳洞寺の山門の下で歩を止めると雨でぐっしょりと濡れた上着を脱いで搾り出す。め一杯絞った上着からダーッと大量の雫が流れ出てきた。きっと靴もぐしょぐしょに濡れているだろうな、と思いつつ再び上着を搾り出そうとした途端、再び寒さでぶるるっと震え出しクシュンと小さなくしゃみをする。本格的に風邪を引いてしまったようだ。

こんなことになるならタオル持ってくりゃ良かった、そう思ってたとき足元からチリン…と鈴の音が聞こえてきた。下を見下ろすとルイズが雨に濡れた黒い毛をぶるるっと振るい雫を落とし、ニャァと声を上げ主人の足元に擦り寄ってきた。


家の中で雨が止むのを待っている此奴が主人の帰りを心配して迎えに来て呉れたのか…その場でしゃがみこんでルイズの湿った頭を優しく撫でていた時、せめて髪を拭いたらどうだ、と頭上から白いタオルがふわりと一瞬揺れて頭上に被さってきた。
白いタオルを一寸掴んで上を見上げるとアサシンが俺の隣に立って雨が降っている鼠色の空を見上げていた。何時の間に姿を現してきたんだろうか、彼の気配も全く感じ取れなかった。…多分マスターの気配がしてきたから態々気を遣わせたのかも。

ごしごしと濡れた髪を拭き乍ら彼を凝乎と見詰めていると、先ほど私の同類が寺の近くで倒れてたところを葛木殿が運んできたのを見かけた、と俺に一瞥もせずに只々空を見上げ乍ら言った。




「同類って…サーヴァント?葛木先生が?」
「左様。長いこと雨に打たれて衰弱しておったのでな、葛木殿が今看病をしておる…。…ところでユウは“裏切りの魔女”をご存知か?」




と、アサシンが俺を一瞥してさっきから腕を組んだまま見下ろしてきた。
魔女…多分葛木先生が看病しているサーヴァントの呼び名だろう、然しまた新たなサーヴァントが現界してきたということは、聖杯戦争の開幕も直に迫ってきている証拠だと思った。

けど魔術師でもない只の“教師・・”としている葛木先生が何故そのサーヴァントを助けたりなんかしたのだろうか。只放っておけない、とかではない。俺がパッと思い浮かんだのは、寒さに凍え雨に身体を冷たくされ衰弱しきった美しき魔女を見捨てるわけにはいかないから彼女を助けたんだと…俺は何故か俺なりの葛木像を描き出してそう思ったのだ。


だけど、彼が助けたのは“裏切りの魔女”…。マスターもなしで一人放浪してきたということは、マスターを殺して令呪を自分のものにしてきたことだろう。若し協会側にバレてしまったら彼女を始末する道しかない、けど誰も追っ手が来ないということは、まだ協会側にバレていないということだろう。兎に角、彼女の身柄が無事だってことは頷ける。
でも俺は其処でふと、聖杯戦争に参加するならこれだけは絶対に覚えておきなさいよと、聖杯戦争に参加する以前、凛が念を押して俺に教えて呉れたことがたった今この場で思い出したのだ。




「“裏切りの魔女”……それは若しかして神話の中に出てくる人物か?」

「左様、私を除く六体のサーヴァントがそれぞれ神話から登場してくる英雄・魔女を真名として指しているのだ。実際私の様な架空の剣豪には架空の英霊の殻を被った存在…過去の記憶を捏造しそのまま“一人の英雄”として現界しているだけの存在ものでしかないのだ」

「……一つ訂正してもいいかな?“一人の英雄”じゃなくて“一人の剣豪”でしょ?侍が英雄と名乗るのはどうも雰囲気的に可笑しくないか?少なくとも俺は“一人の剣豪”の方がしっくりと来るし相応しいと思うんだが」
「……相変わらず手厳しい訂正をするものだな、剣豪英雄と何も拘らなくても良かろう。それともマスターは剣豪英雄と別々に覚えておきたいほどの神経質の持ち主か?」
「神経質は余計だ。兎に角態々俺を迎えに来たのなら早々とその“裏切りの魔女”に会わせて呉れないか?時間が惜しい」

「承知。…と言いたいところだが、先ずは身体を暖めてから柳洞寺に行けば如何いかがかな?幾らマスターでも風邪は敵、身体に悪影響が出る」
「う……分かったよ。着替えてから寺に行けば良いんだろ?その時はお前も一緒に同行するんだな、アサシン。今のところ現界してきたサーヴァントが確認出来たのは“裏切りの魔女”とお前だけだからな。若し彼女が俺を殺そうとする行動が出たら」
「それは分かっておる、殺さず身柄を抑えよ……そう言いたいのでござろう?」
「分かっているなら良し。じゃ家に向かって走るか」




そう言って俺はタオルと一緒に鞄を持ってだ土砂降りの雨が降っている外へ飛び出しダッシュで家まで駆け出そうとした時、ユウを担いで家まで送ってあげても構わんのだが、と後ろからアサシンが意見してきたので俺は構わず、小次郎は先にルイズを家まで送って来い、脚は俺より速いんだからさ!と雨に負けないくらい明瞭はっきりと彼の耳に届くよう大声で言って、激しく降ってくる雨の中、俺はダッシュで家まで走って行った。
■作者からのメッセージ
※次の章でキャス子さん登場してきます。清嵐が小次郎の次に大好きなランサーの出番はまだまだ先。

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