紅ノ舞台-Crimson Rondo |
作者: 清嵐青梨 2009年04月24日(金) 02時24分54秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
己の手も身体も目の前の光景も全て ずっと身体を紅で染めていたい、紅いまま染まっていたい――。 一体身体の何処からそんな感情を思い浮かんだのか分からない。手の中に染まった血を見て思ったのか、返り血で染まった己の身体を見回して思ったのか、血の海と化してしまった灰色の舞台を見て思ったのか分からない。 只己の中で確信していることは、人の返り血・人の生き血を味わい、浴び、悦び乍ら狂喜に満ちた己の心が狂喜の唄を 今や心も身体も狂ってしまった“鬼”の行動を誰も止めようとしている者は全て彼の手で殺められてしまった。“鬼”を排除しようと赴いた者たちは逆に人ではなく人形と化してしまっていた。 心臓を打ち抜かれ力のない腕をだらんと垂らしている人形 首を 身体を切り裂かれ切られた傷口から血が溢れ出している人形 両腕・両足を切断され動く事ももがく事も足掻く事も出来ない人形 臓物全てをごっそり取られ所々に穴がぽっかりと空いている人形 両目を取られ今の状況を見る事が出来ないまま恐怖した顔のまま息絶えている人形 どれも“鬼”が自らの手で遊んで力尽きた人形に過ぎなかった。お気に入りの人形があれば気に入らなかった人形もある。それを皆“鬼”の手で殺されたのだ。打ち抜かれ、刎ねられ、切断され、取られ、引き千切られ、切り裂かれ、噴き出された人形の数々を“鬼”は只々呆然として見ているだけだった。 だけど次第にその行為が人形遊びをしているように思えて、薄らと笑みを浮かぶ。それは沢山楽しんだけれどもまだ遊び足らない無邪気な子供の様に、“鬼”は手に持っている大腸を右手で握り締める。ぐちゃりと生々しい音が静寂な空間に響き渡りぼたぼたとコンクリの上に零れ落ちる。 “鬼”はそれを拾おうとはしなかった。只々握り締めているものを粉々になるまで握り締め、手の中にあるもの全てが無くなるまで握り潰していた。 それがもう塵しかないことに気付き、血に塗れた手を紅々と血に染まったシャツに擦り付けると、ぐちゃっと零れ落ちたものを踏み潰すと壁に寄りかかり乍ら安らかな眠りをしている一人の“死神”に近寄る。 まだあどけなさの残る眠っている表情を見て、“鬼”は唐突に彼を痛めつけたら彼はどんな顔で俺を楽しませて呉れるのだろうかと想像する。矢っ張り恐怖した顔で踊って呉れる?それとも何時ものやせ我慢で俺を苛立たせて呉れる?それとは違ってこの手で俺を殺す? 少なくとも後者は有り得なかった。彼は独りが寂しくて悲しくて怖くて嫌だったから俺を必要としていた…“鬼”ではない俺を…。 だけど“鬼”と化した俺を彼はあの消え入りそうな笑みで応えて呉れた…“鬼”と化してしまった俺をなんの抵抗もなく受け入れて呉れたのだ、その優しい心の清さに“鬼”と化した俺は浄化されそうになった。 だけどまだ浄化されるわけにも“鬼”ではない俺の中に戻るわけには行かない、まだやるべきことが“鬼”と化した俺にはまだ残っているのだから……。 ほんの少し血で濡れてしまった左手で彼の頬に触れてみた。直ぐに彼の頬に紅い色が染め上がった。そのまま指を下へ下へとなぞっていき、死覇装の下まで行った指を止める。 此奴には黒と紅が良く映えて似合う、心の何処かでそう思った“鬼”は一本の血がついた首筋に顔を近づけその血を舐め取るとそのまま歯をたて彼の首筋を噛む。僅かに感じた小さな痛みに彼は小さな身体を小さく撥ねてその痛みを快楽として感じ取る。口の中に広がってくる彼の血に“鬼”はそのまま彼の甘い血を飲む。 “死神”の僅かな数量の血を飲んだ“鬼”は首筋から少し離れ少しだけ流れてくる傷口をぺろぺろと舐め取る。こうしていると丸で生き血を飲んでいる 口の中に未だ残っている彼の血を飲まず彼の口を少し抉じ開けてそっと唇を重ね抉じ開けた口内に血を飲ませる。其処で小さく反応し力なく垂らしていた右腕を上げて“鬼”のシャツを握り締める。その手をそっと重ね合わせると口の端から垂れてきた一本の血を唇から離れ舌でそれを舐め取る。 “鬼”は感じていた、“鬼”ではない俺を恋しくずっと付き添っている彼が欲しくて溜まらない、と。“鬼”ではない俺の手から彼を奪って自分のものにしたくて溜まらない、と。だけどそうしてしまったらきっと“鬼”ではない俺はきっと俺を殺すのだろうなと。若し彼に傷つけるようなこと、殺すようなことをしてしまったら本気で殺すと脅しまでかかってきた あぁ、そうだ…。俺は他人のものまで奪う“鬼”だ――今もそうだ。気に入っているものなら何でも自分のものにしたがる、欲しいものを見つけたら直ぐにそれを手にする奴だからな――今でもそうだ、こうして何も知らず只抱かれている“死神”を俺のものにしようとしている。 人のものを盗む盗まないはヒトの勝手なのだが、俺は只己の意思で盗む盗まないを決めているのだ。好き勝手にやらかしているヒトとは違う、意思のまま動いて殺して奪って盗む……全て意思の通りに動いているだけだ。 さっきまでもそう…“死神”を…“鬼”ではない俺を殺しに来た奴等を排除しようと思った意思に俺が呼んで、ナイフも使わず両手だけで数人もいた奴等を血の海に溺れさせたんだ。全部全部自分の意思で動いて生きているだけなんだ。 だけど“死神”を見て自分の意思が変わった、 だったら此方も奪おうではないか、不知火雪村という存在そのものを。彼を奪おうとしている奴等や奴等以外の者は全て意思のままに排除してやる。“鬼”ではない俺でも、だ。元々此奴の身体なのだがその身体も俺のものにしてやるよ。 だからさ……“鬼”はそっと“死神”の身体を優しく抱いて、生きていない人形だけがいる空間の中で彼はぽつりと誰もいない静寂の中で言った。 「“善”の俺は其処で黙って現実を観賞していなよ…彼は…ユキムラは“悪”の俺が奪ってやるからよ」 もう誰にも邪魔はさせねーよ、 だからさ、目を開けて…ユキムラ。俺に色んなことを教えて呉れよ…それでさ、大人しく俺の腕の中でいておくれよ。そのあどけない顔で俺に向けてあの消え入りそうな笑みを向けて呉れよ…。 再び血に濡れた彼の頬を優しく撫でて、“鬼”はふっと笑みを浮かんでその小さな身体を壊す様に強く抱き締めた。ようやく見つけたお気に入りの人形をもう手放さないと駄々を言う無邪気な子供の様に――。 さぁ、灰色の舞台に紅々とした色に染めてあげよう、血の様に真っ赤に燃える綺麗な紅に仕上げてあげよう。 “鬼”が開幕した狂った舞台に幕を下ろすのは、お気に入りの人形がいなくなるが先か……“鬼”の生命が絶えてしまうが先か……。それは行き成り参加してしまったヒトにはその結末すら知らない――。 ほら、紅々と染まった舞台の上で狂喜の その紅く濡れた手を掴んだ瞬間、目の前が真っ赤に染まる――。 |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |