狂ッタ思イ-oblivious-
作者: 清嵐青梨   2009年06月24日(水) 00時43分48秒公開   ID:L6pfEASBmTs
十年前のあの頃…俺は初めて自身を恨んだ。幼馴染を護るという“誓い”を“嘘”へと摩り変えていた自身に怨恨を覚えたのだ。
信じていたのに…護ってやると誓った自身を信じていたのに…なんで、あの頃になって嘘へ摩り変えたんだろうか、如何して嘘に摩り変えたのだろうか。

護れないから変えたのか…自身にはそれが出来ぬから変えたのか…はたまた両方とも自身には絶対に果たせぬ使命だから変えたのか……。
ならそれは余計な選択だと思った、両方とも果たせないから変えたのならばそれは要らぬお世話である。仮令両方のどちらかが達成出来るやもしれぬと確信したのにも係わらず、矢張り両方のどちらかが達成出来るとは限らないから変えたというのは俺から見たら下らぬ選択肢だ。


出来なかったから何だ…自身を恨むのか、それとももう一度やり直すのか……。だが今更やり直して何になる、やり直したって後から感じてくる感情は“後悔”のみだ。

なら下す決断は一つ…自身を“殺す”のみである。嘘にしてしまった自身を赦すのは性に合わぬ。いっそのことこの身ごと滅んでしまえば良いと思ったのだ。
殺して欲しい相手は誰でも良かったが、矢張り自分自身の手で自身を滅ぼせば良い……その方が安らかに眠れそうだ。



































――何故貴様は自分を殺そうとするんだ…?




日が差し込んでいないから室内はとても薄暗く、それでも俺が戦えるには充分な広さのある薄青色のダンスホールで戦っていた相手が、俺に刃を交えている最中ぽつりと呟く様な声で聞いた。

その問いに俺は以前幼馴染が自分に向けて聞いた問いをふと思い出した。そして、


嗚呼…と一言漏らした。幼馴染から聞いた、「何故貴方は自分が嘘吐きだと言えるんですか?」という問いになんとなく似ているからだ。只言葉が似ているだけで違うところは嘘吐きの次は殺しという部分のみ…。
矢張り何奴も此奴も詭弁のようなことを俺に向けてくる…俺は彼の武器である右手に構えている小太刀を素手で振り払うと唯一の武器である、柄の長い大鉾を彼に向けて振り下ろした。

然し、その斬撃を避けきると懐に飛び込み大鉾を持っている右手を掴んできた。途端、彼が持っていた鍔のない黒塗りの柄を持つ小太刀がダンスホールの床に突き刺さる。
静寂な空間に上がった息の声だけがした、だけど俺は先ほど聞いた彼の問いかけが頭から離れなかった。


何故自分を殺そうとする…そんなもの、聞かれなくても分かっている。答えは幼馴染を何一つ護れることの出来なかった自身に天誅を下すためである。だけど何故今更そのようなことを聞かれる必要があるのだろうか。
右手を捕まれたままの彼の手を振り払おうとしても彼は一切その手を離そうとはしなかった。只々俺の答えを待っているだけ――。

ふっと笑みを浮かべる。
彼の手にはもう一本の小太刀があり何時その刃で身体が切り刻まれてしまうのか分からない状況の中で、平然と嗤っていられるのはもう既に“諦めているから”である。

自分で殺されるのもまた良いものなのだが、折角の最終決戦の時だけは誰かの手で殺されても構わないと思った。それに殺しの時だけ青色の瞳に光が失い只血に飢えるだけの「修羅」となった俺に、安息の死というものを味わうのもまた良いものだなと思った。




大鉾だけは離さず空いた左手で小太刀を持っている彼の手を掴むと、切っ先を自身の喉許へ突きつける。




――護ろうと誓った約束を嘘にした俺にとっては安息の死を与えることのほうが相応しいと思ったからだ。




そう言って、俺は自身の喉許を突きつけた小太刀の切っ先で自身の喉許を裂こうと横へ薙いだ。
喉許から華々しく紅い血がぱっと散り身体を濡らし、自身の生命は其処で灯火を消し完全に滅する――。


筈だった。


何時の間にか大鉾を持っている俺の手を掴んでいた筈の手は移動し、切っ先はその手に拠って塞がれていた。刃を握り締めた手からは細長い血の筋が白い手首を伝って流れ落ちる。完全に薙いだ筈の自身の喉許だけは傷一つなく無事に原型を保っていた。

目を疑った…何故助けようとしたのか、何故素直に俺に死を与えて呉れないのか――。
俺は小太刀を持っている彼の手を掴んだ自身の手を離し、光のない青色の目を彼に向ける。多分その目に疑いの色が浮かんでいるに違いない、それに何故自身に死を与えて呉れなかったのかという、願望が途絶えてしまったことを恨む気持ちも出ているかもしれない。


そんなの、絶対に彼に通じるモノではない。咄嗟に自身を否定すると刃を握り締めた手から感じてくる痛みに眉一つ歪まない彼に向けて、




――何故貴方は俺を殺そうとしないんですか…?




四乃森さん…ぽつりと彼の名前を呟くような声で聞いた。その呪詛からは信じられないという気持ちまでもが篭められていた。これから死のうとする俺をこれ以上苦しませぬよう死なせるわけにはいかない、と逆にそう訴える気持ちが彼の翡翠色の目には感じ取られていた。

嗚呼…完全に狂ってしまっているな、俺は――。そう確信したのは彼が俺の問いかけに答えた“呪詛”を聞いてしまった時だった。




――貴様はもう一度あの頃果たせなかった約束を果たす権利があるからだ。




その“呪詛”を聞いた時、俺の心は何かが硝子が割れたかのように弾け、何時の間にか過去に囚われていたままの記憶が一瞬だけ脳裏に浮かんできたかと思いきや、一瞬にしてその記憶は白い靄に包まれていった。
■作者からのメッセージ
別名義でサイトで連載している小説の短編です。kalafinaの「Re/oblivious 俯瞰風景mix」を聞いたら偶然この文が浮かんできたので試しに書いてみました。
かンなりシリアス風味に書けたかなーっと思いますが、いかがでしょうか?

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