機動戦士ガンダムSEED Destiny 〜新生なる牙〜 PHASE−01 怒れる瞳 |
作者: けん 2010年05月02日(日) 14時29分01秒公開 ID:cZUIXcDokvk |
戦場を一陣の風が駆け抜けた。 第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において、一機の白銀のジンが数多のMAを壊滅させた。その 姿を見た者は生き残る事が出来ず、後にこう呼ばれた。“白銀の天魔”と。その修羅の如き強さを持った者は、その戦いを経て、姿を消してしまい、C.E.71……戦争終結まで、その姿を見せる事は無かった。 そしてC.E.73……戦争初期の英雄は、もはや幻の存在となりつつあった。 「園の全ての木から、取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」 だが…やがて共に創られた野の生き物の内で一番賢い蛇が、こう言ったという。 「決して死ぬことはない。それを食べると目が開け、神と同じく善悪を知るものとなる。その事を神は知っているのだ。」と。 そうして、始まりの人はその実を食べたのだという…… L4に浮かぶプラントアーモリーワン。その内部では今ザフト軍がある準備を進めていた。それは…… 「ミネルバはもうすぐ就任か。配備は何処なのか……」 戦後初の新型戦艦ミネルバの進水式の準備だ。前大戦時の主力機ジンは式典用装備に換装され、ゲイツの改修機ゲイツRとザウートの後継機であるTFA−4DEガズウートが慌ただしくハンガーを出入りしていた。その中を走るエレカの後部席でそのクルーに選ばれたシオン・クールズの憂いを含んだ声に対して運転している整備士の少年ヴィーノ・デュプレが活き活きと答える。 「噂じゃあ月軌道らしいですよ!でも、伝説のエースの一人が乗るなんて凄いなあ!」 伝説のエース。シオンはラクス・クラインと共に先の戦争を止めた者としてそう呼ばれていた。今はプラントにいないもう一人の伝説のエースと呼ばれる青年と共に…… ヴィーノに対してシオンは明らかな嫌悪感を込めて返す。 「俺は伝説のエースじゃない。クルーゼ隊のシオン・クールズだ。」 その言葉に隣に座っているミサキ・グールドが同情を含んだ眼差しを向ける。あの後、プラントに戻ってからと言う物の顔を合わせる殆どの人間が自分を伝説のエースだ、英雄だと騒ぎ立てる。もううんざりだ。ふと、シオンは今地球にいる仲間とかけがえのない少女に思いを馳せた。 彼らは今どうしているのだろう…? プラントに着いた一隻のシャトルから金髪の少女と藍色の髪と白髪の青年が二人出てきて、今は内部へ行くエレベーターに乗っていた。大戦の英雄と呼ばれるカガリ・ユラ・アスハと随員を勤め、現在は名前を変えているイリア・カシムとザフトのもう一人の伝説のエース、アスラン・ザラだ。 今日、彼らはプラント現議長ギルバート・デュランダルとある会談の為にお忍びでアーモリーワンを訪れていた。 「明日は戦後初の新型艦の進水式と聞く。そんな時期にこんなところでとは、恐れ入る。」 カガリの重さのある声にアスランが制す。 「内々、且つ緊急にとお願いしたのはこちらなのです。アスハ代表。」 「ええ、本国に行くと目立ちますからね。デュランダル議長の配慮は正しいでしょう。」 ステラ・ルーシェは仲間と共に商店街を歩いていた。こんなにたくさんの人を見るのは始めてかも知れない。ふと、ショーウインドに映った自分の姿を見て、色々と素振りを見せた。そんな彼女の前を歩いていたアウル・ニーダが隣のスティング・オークレーに尋ねる。 「何やってんの、あれ?」 「浮かれてるバカの演出。お前も少しバカやれよ。」 「そうよ、こんな機会今まで無かったんだから。」 彼の意見にイリーナ・クレインが同意する。彼らは一見すれば新型艦の進水式に招かれたセレブに見えるだろう。だが、実際のところは違う。ショーウインドの前で踊っているステラにしてもある任務の為に来ているのだ。 「ステラ、置いてくぞ。」 スティングが促し、ステラは早足で後を追う。 兵士に案内され、招かれたブースで長身に黒髪の男性がにこやかに迎える。ギルバート・デュランダル。現在のプラント最高評議会議長だ。 「やあ、これは姫。遠路おこしいただき、申し訳ない。」 「いや、議長にもご多忙のところお時間をいただき、ありがたく思う。」 両者は握手を交わし、奥の椅子へ座る。アスランはブースの中を警戒しながらカガリの側に立つ。デュランダルは柔和な表情でカガリに質問する。 「で、このような情勢下、代表はどのようなご用件で?我が方の大使によれば、大分複雑な案件だとお聞きしますが?」 カガリは憮然とした態度をしながらデュランダルに向き合う。 「私にはさほど複雑だとは思えんのだが…未だこの件に関して明確な回答を得られないということは、それは複雑な案件なのか?」 周囲の者が虚を突かれたような表情になる。 「我が国は再三再四、かのオーブ戦の折に流出した技術、人的資源の軍事利用を即座にやめて頂きたいと申し上げている。」 「ちっ、インパルスは先にミネルバに搬入されたか。特別扱いしやがって!」 マーレ・ストロードはハンガーで苛立ちを露わにする。彼は戦後初に行われる進水式で展示される新型艦の搭載機のパイロットとして選ばれたザフトの赤である。ZGMF−X31Sアビス、水中戦に特化したそれが彼の機体だ。前大戦時に水中部隊に所属していた彼はアビスのパイロットとして正にうってつけなのだが、マーレ自身は先に搬入されたZGMF−X56Sインパルスに乗りたかったのだが、別の人間が乗ることとなった。戦後入隊したルーキーだ。大戦経験者の彼にとって実戦経験のない新米が最新鋭機の正規パイロットというのが気に入らないのだろう。 だが、まだチャンスはある……いつか俺がインパルスを… そう思う中、銃声が響き、マーレの思考はハンガーの入口に戻った。民間人らしき四人の少年少女が銃とナイフを手に仲間を倒していた。マーレが構えようとしたところで金髪の少女が自分に引き金を引いた。 「ば…馬鹿な…地球軍……か…何故?」 薄れ行く意識の中でマーレが最後に見たのは自分達が搭乗するはずの機体が起動し、PSがオンになったところだ。 だからナチュラルは……嫌い…なん………だ… あの後、デュランダルは工廠を案内しようと言いだし、随員を伴い、工廠を歩いていた。進水式の前日だけあり、どこもごった返しており、新型の姿も見受けられた。カガリはデュランダルに強く主張する。 「だが、強すぎる力はまた争いを呼ぶ!」 しかし、デュランダルは柔和な笑顔で返す。 「いいえ、姫。争いが無くならぬから力が必要なのです。」 その時、警報が鳴り響いた。 「何だ?」 デュランダルが尋ねると、一つのハンガーから大きな爆発が起こる。 「カガリ!」 「何!?」 アスランがカガリを物陰に押し込み、イリアも伏せる。 「何だ!?」 爆発の起こったハンガーからはジンや新たな主力機ザクとは明らかに違う形状の機体が四機現れた。その機体はかつてアスランが乗っていたジャスティスと共通する箇所が見られた。体を起こし、機体を見たイリアは思わず叫ぶ。 「ガンダムだと!」 四機のガンダムは四方に散らばり、ハンガーへの攻撃を開始する。深緑の機体が背中の装備からミサイルを撃ち、ハンガーや式典装備のジンを潰していく。かつての同僚の乗っていたガンダムの後継機と思しき増加装甲に覆われた白い機体は肩のビーム砲とライフルを連射し、取り押さえようとしてくる機体を次々と撃ち抜く。黒い機体はバクゥに似た四足形態に変形し、ガズウートをビームブレイドで切り裂き、ネイビーブルーの機体が肩のシールドに付属した連装砲でジンとゲイツを撃つ。四機はまるで遊んでいるようにも見えていた。 目の前の惨状に茫然としているカガリにデュランダルが指示する。 「姫はシェルターに!ここは危険です!」 デュランダルの言う通りだ。ここにいては巻き込まれる可能性が高い。アスランがカガリを促し、イリアも後に続く。 <インパルス、発進スタンバイ。パイロットはコアスプレンダーへ。モジュールはソードを選択。シルエットハンガー2号を解放します。シルエットフライヤー射出スタンバイ。プラットホームのセットを完了。中央カタパルトオンライン。気密シャッターを閉鎖します。発進区画、非常要員は待機して下さい。中央カタパルト発進位置にリフトオフします。コアスプレイダー全システムオンライン。発進シークエンスを開始します。ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー。コアスプレイダー、発進、どうぞ!カタパルトエンゲージ。シルエットフライヤー、射出、どうぞ!続いてチェストフライヤー射出、どうぞ!レッグフライヤー射出、どうぞ!> 進水式を明日に控えた新型艦LHM−BB01ミネルバでは三機のMSの発進シークエンスが進んでいた。奪われたZGMF−X23Sカオス、X31Sアビス、X55Sレイジ、X88Sガイアと同じセカンドシリーズの内の三機だ。その中のX56Sインパルスでシン・アスカは味方と敵への苛立ちを心の中で滾らせていた。 一体味方は何をやっていたんだ!強奪しに来た奴らをすんなり入れるなんて! 彼は前大戦時、オーブに住んでいたが、地球軍による侵攻で家族を失い、プラントへ移住し、軍に入隊した。一瞬、アビスのマーレの安否が気になったが、シンはすぐにシークエンスに思考を戻す。中央カタパルトが口を開き、インパルスの核であるコアスプレンダーが戦場へ飛びたった。 アスラン達はシェルターに向かっていたが、案内の兵士が戦闘に巻き込まれてしまい、少しでも戦場から離れようとしていたが、ハンガーやMSの残骸で道を塞がれてしまった。退路を探すアスランの眼にハンガーから放り出されたと思しきMSが二機横たわっていた。先程ハンガーの中にあった新型機、ZGMF−1000ザクウォーリアだ。アスランはカガリをザクのコクピットに押し込み、起動させる。 「お前!」 「こんなところで君を死なせる訳に行くか!」 とにかく今はカガリを守るのが最優先だ。下手に外を動き回るよりはMSのコクピットの中の方が安全だ。 〈アスラン!そっちはどうだ!?〉 「ああ、行けそうだ!」 幸いコクピットの構造などはジンやゲイツと変わらない。アスランはペダルを踏み、ザクを起きあがらせる。目の前には黒いガンダムがいた。こちらに気付いた敵機はビームライフルを構えるが、アスランの反応が早く、回避して体当たりを喰らわせる。体当たりをくらった機体はライフルを落としてしまい、サーベルで斬り掛かる。アスランはシールドを構えて受け流し、シールドからビームトマホークを抜く。サーベルを受け流した直後、背後から奪われたもう一機がアスランに襲いかかる。 「くっ、もう一機!」 〈こいつは任せろ!!〉 イリアのザクが深緑の機体のサーベルをビームトマホークで受け止める。 何とかしてここから離れなければ! 深緑のガンダムがイリアに追撃を仕掛けようとしたが、背後から何者かにミサイルで撃たれた。背後から現れたのは戦闘機のように見えたが、それは後方から飛んできたユニットとドッキングしてMSとなり、色が白と赤に変わった。更に上空から青緑色と深緑のツートンの大型戦闘機が機関砲を撃ち、マドンナブルーのバクゥが現れて背中のビーム砲で攻撃する。その二機も変形し、MSとなった。そしてその三機もガンダムであった。 アリス・シュナイダーはX22Sアナーのコクピットで対艦刀エクスカリバーを装備したインパルスから響くシン・アスカの怒りの声を聞いた。 〈何でこんな事を!また戦争がしたいのか、アンタ達は!?〉 シンが叫び、ガイアに斬りかかる。ガイアは斬撃をかわし、バルカンを撃つがPS装甲には効果がなく、インパルスはバルカンの応射に怯むことなくビームライフルを撃つ。ガイアは射撃をかわし、そこを再び変形したZGMF−X85Sグラウンドが背中のバラエーナ改二連装ビーム砲で狙うも、ガイアはシールドでその砲撃を防ぐ。 アリスも敵の技量に舌を巻きながらもビームサーベルでカオスを狙うが、カオスはこちらの攻撃をかわし、ガイアの援護に回る。させまいとビームライフルを撃つが、シールドで防がれてしまう。その脇からグラウンドが飛びかかるが、カオスはジャンプし、そのまま踏み台にしてしまう。その時、母艦のミネルバから通信が入った。 〈オイ!命令は捕獲だぞ!判っているんだろうな!?あれは我が軍の!〉 副長のアーサー・トラインが念を押すが、シンが怒鳴り返す。 〈判ってます!でも、出来るかどうか判りませんよ!大体、何でこんな事になったんです!〉 シンの言う通りだ。司令部は捕獲しろと言うが、あれだけの機体とそれを使いこなすパイロットを相手に捕獲とは無理を言う。 〈何だってこんな簡単に敵に!〉 そうだ。もっと厳重に警戒していれば阻止できずとも奪われる機体を減らすことくらいは出来たはず。アリスも文句を言おうとしたが、艦長のタリア・グラディスの叱責が聞こえた。 〈今はそんな話をしている時ではないでしょう!演習でもないのよ!気を引き締めなさい!〉 〈はい!〉 グラウンドのカイン・L・B・アルベルトが答え、アリスも〈了解!〉と叫ぶ。 艦長に言われるまでもなく、これは実戦だ。ビームが当たれば死ぬ。アリスはカオスのサーベルをシールドで受け止め、押し返す。一方、アーモリーワンの外でも強奪部隊の母艦を探してナスカ級が二隻哨戒していたが、全く見つからない。その二隻の背後では一隻の戦艦が確実に近付いていたが、ナスカ級は気付く様子もない。それもそのはず、終戦後に締結されたユニウス条約によって現在は使用を禁じられているミラージュコロイドで船体を隠しているのだ。戦艦、ガーティ・ルーのブリッジで黒い仮面を付けた金髪の男性ネオ・ロアノークが時計を確認する。時間が来て、ネオは叫ぶ。 「よぅし、いこう!慎ましくな!」 「ゴットフリート、一番二番機動!ミサイル発射管、一番から六番コリントス装填!」 ネオの号令と同時にガーティ・ルーの火器が機動していく。 「主砲照準、左舷前方ナスカ級。発射と同時にミラージュコロイドを解除、機関最大!」 指示を出した後、ネオは不敵な笑みを浮かべる。 「さぁて、ようやく面白くなるぞ諸君。」 艦長のイアン・リーが唇の端を上げて命じる。 「ゴットフリート、てぇーー!!」 ゴットフリートのビームがナスカ級を貫くと同時にGAT−02L2ダガーLが発進して敵に気付いたMSの迎撃に出る。無論アーモリーワンからも戦艦とMSが出てくるが、既に彼らは手を打っていた。ステルス性の高いダークダガーLが港に先行していたのだ。その部隊から間も開く港と司令部を潰したという連絡が入った。 カオスのコクピットでプラントを揺るがすような大きな振動を感じたスティングはその意味を悟る。先程応援に呼んだイリーナが叫ぶ。 〈スティング、さっきのって!〉 「判っている!お迎えの時間だろ?」 〈遅れてる。バス、行っちゃうぜ!〉 最後に来たアウルの嫌味な口調にスティングは荒っぽく返した。 「判ってると言っただろうが!」 目の前のマドンナブルーの機体がビーム砲を構え、スティングはシールドを掲げる。一瞬気が緩み、気付いた時には獣型に変形し、体当たりを仕掛けてカオスを吹っ飛ばすが、イリーナのレイジがビームライフルで獣型を引き離す。 〈大体何よ、こいつら!なんでまだ新型があるのよ!あるならそう言えばいいのに!〉 全くだ。七機あるならなんで四機しか判らなかった! 〈あんなの予定にないぜ、全くネオもエリスも!!〉 「けど放っちゃおけねえだろう!追撃されても面倒だ!」 スティングは指揮官のネオと副官を罵りながら今もガイアと交戦中の白い機体に向かう。三機の性能もパイロットも侮れない。特にこの白いのは厄介だ。破壊か動けなくして振り切ってやる! 〈は、首でも土産にしようって?かっこ悪いってんじゃねえ、そういうの!?〉 〈ちょっと!私も混ぜて!!〉 アウルとイリーナも後に続く。この時、後ろにいる二機のザクと他のGはスティング達の思考から外されていた。 「おい、アスラン!」 〈ああ!〉 アスランがイリアの声に答える。四機の強奪機体は白いガンダムに総攻撃をかけている。二機のガンダムも援護にまわろうとするが、謝って僚機に当てるのを恐れて攻撃を躊躇している。白い機体は四機の連携に徐々に追いつめられ、ネイビーブルーの機体が槍を振り下ろそうとした時、アスラン機が体当たりを仕掛け、ネイビーブルーの機体は吹き飛ばされるが、お返しにと胸のビーム砲を撃った。シールドを構えるが、防ぎきれずに左腕が丸ごと無くなり、アスラン機は建物に叩きつけられる。 〈カガリ!〉 アスランの悲鳴が聞こえた。同乗しているカガリに何かあったようだ。アスランを撃った機体だけでなく、他の機体がこちらを睨む。敵はこちらにも睨みを利かせ始めている。 こりゃ、邪魔になるな…… イリアは最後に腰のグレネードを四機に向かって投げつけて牽制し、離脱したアスランの後を追った。 「で、どうする?」 〈カガリが怪我をしている。とりあえずここを離れるのが先決だ。〉 アスランの言う通りだ。戦場に留まっても邪魔なだけだし、何よりカガリを死なせては取り返しがつかなくなる。 イリアは「あいよ。」と答え、アスランに続く。 「早く!入れるだけ開けばいい!」 瓦礫に埋もれたザクウォーリアを前にルナマリア・ホークが叫ぶ。彼女と同僚のレイ・ザ・バレルとルゥ・カゲロウも迎撃の為に搭乗するザクに向かっていたのだが、ミサイルでハンガーが崩壊し、機体は埋もれてしまっていたのだ。ルナマリアが作業に手を焼いているところ、レイとルゥのザクのハッチが開き、二人が乗り込む。 〈ルナマリア、どけ。〉 レイに呼びかけられてスタッフ達が離れ、レイの白く塗られたZGMF−1001ザクファントムの手が瓦礫を払う。 それを確認するとルナマリアもコクピットに飛び込んでいく。 ミネルバの格納庫でシオンは怒りで壁に拳を叩きつける。 「ち!こんな大事な時に動けないとは!」 「シオン…」 吐き捨てるシオンの肩にミサキが手を置く。 新型強奪の報を聞き、彼らも出ようとしたのだがいざ出撃という時にシオン機には関節部分に、ミサキ機はカメラに異常が見つかり、急遽メンテナンスとなったのだ。 「大体貴様ら!何故もっと早く異常が判らなかった!」 「す、すいませんでした……」 シオンの叱責にメカニック達が情けない表情になる。いくらどんなに強いパイロットでもメカニックの仕事に落ち度があり、戦闘中にそれが発覚して機体が不具合を起こせばそれで終わりだ。そのせいでパイロットが死んでも始めてやるからと言って許されるはずがない。新人達の不甲斐なさにシオンはどうしようも無い苛立ちを抱く。 「…くっ、カオスもガイアもアビスもレイジも……!何でこんな事になるんだ!」 アビスがシールドを開き、内部の三連装ビーム砲を撃つ。シンはシールドを構え、アナーとグラウンドもかろうじてかわすが、下にいたゲイツやガズウートは為す術もなく爆散した。シンは敵への怒りを募らせ、アビスへ突っ込むが、突然横から敵機へ向けてビームが撃たれた。ビームの射線を辿って見ると、三機のザクがこちらに向かっていた。レイ達だ。 〈無事だったのか…〉 カインが安堵の声を出す。 〈このぉ!よくも舐めた真似を!〉 ルナマリア機がレイジにライフルを撃ち、茶色く塗られたルゥのザクファントムはグレネードをアビスに投げる。 いける!シンの胸に希望が湧いてきた。この調子で行けば逃げられることなく四機を抑えられる、と。 〈スティング、きりがない!〉 アウルが呻き、スティングが決断した。 〈離脱するぞ!ステラ!そいつを振りきれるか?〉 「すぐに沈める!」 スティングの撤退を促す声にステラは耳を傾けず、白い機体に向かう。 「こんな……私が…私がこんな!」 白い機体は振り下ろされたサーベルをかわし、対艦刀を振るう。ステラの目の前の機体への怒りが更に強まっていく。自分が落とせない敵などいないと思っていた。しかしコイツだけは落ちない。何故だ! 〈ステラ!いい加減にしなさい!〉 イリーナが声を荒げるがステラには既に聞こえていなかった。しかし、 〈じゃあ、お前はここで死ねよ!〉 〈アウル!〉 イリーナが叱責するが、アウルは更に追い打ちをかける。 〈ネオには僕が言っておいてやる。サヨナラってなあ!〉 死ぬ?死?いや!死ぬのはダメ! 〈アウル!お前!!〉 〈止まんないんだもん、しょうがないじゃん!〉 〈五月蠅い!余計なことを言うんじゃないわよ!〉 スティングとイリーナがアウルと言い争っているがステラは目の前にいる敵にも構わず敵に背を向ける。 「いやあああぁぁ!!」 港の外ではガーティ・ルーの砲撃に耐えていたナスカ級が炎に包まれた。しかし、また新たな戦艦とMSを確認し、艦長のイアン・リーが指示を飛ばす。ネオの席の後ろに立っている女性用の黒い軍服とバイザーをかけた女性エリス・ティーゲル中佐がオペレーターに問う。 「スティング達は?」 エリスの問いにオペレーターは「まだです。」と答える。 良くない状況だ。港を潰したとはいえ、アーモリーワンは軍事工廠だ。敵の増援はまだまだ来る。今はまだ優勢だが、長引けばこちらが不利になる。 「失敗ですかね?」 「機体は成功したけど…ザフトの妨害で逃げきれないのよ。」 リーの問いに対するエリスの答えにネオも「かもな。」と頷く。 「出て時間を稼ぐ。後を頼むぞ。中佐、来い。」 ネオがリーに宣言し、エリスを促す。エリスはネオに「はっ!」と答え、格納庫に向かう。 格納庫から二機のMAが発進した。TS−MA4Fエグザスだ。MSが投入される前の地球軍で唯一ザフトのMSに対抗できたMAメビウス・ゼロの強化機体であり、最大の特徴のガンバレルを扱えるのは現在の地球軍ではネオとエリス、そして『月下の狂犬』と呼ばれるモーガン・シュバリエの三人だけであった。ネオの赤紫のエグザスがガンバレルを展開し、増援のゲイツとシグーをほぼ同時に撃墜する。青紫のエグザスのエリスもガンバレルに内蔵されたビームカッターでゲイツ二機を真っ二つにする。 ブリッジから二機の戦闘を見ていたリーは二人の上官の腕に舌を巻く。全く、あの二人がもしも敵だったら恐ろしいものだ。 〈逃がすか!〉 突然動きが止まったと思いきや逃げ出したガイアに一瞬我を失うが、シンの声に反応してレイ達は追撃する。が、後ろのルナマリアのザクウォーリアがエンジンから煙を吹き出す。機関部に問題が発生したのだろう。 〈ルナ、ミネルバにいけ!〉 異常に気付いたカインが撤退を促すが、ルナマリアは〈でも!〉と食い下がるが、レイは淡々と告げる。 「無理をするな…それでは上手く動けまい。」 レイの正論にルナマリアは引き下がり、ミネルバへ向かう。 〈ここで逃がしてたまるかぁっ!〉 シンはかなり頭に血が上っている。アリスが〈冷静になって!〉と落ち着かせようとするが、シンは〈五月蠅い!〉と一蹴する。 「脱出されたらお終いだ!それまでになんとしても捕らえる!」 〈判っている…〉 ルゥが淡泊に答える。 ふと、レイは何か奇妙な感覚がした。まるで誰かに見られているような…… 機体の不具合と思ったが、計器のどこにも異常は見られない。 何だ、今のは…? ルゥは戦闘中、誰かに見られているのと似た感覚がした。だが、機体には何の異常もないし自分を見ている者の姿もなかったため、それが何なのかはルゥに知る事はできなかった。 この感じ……一体。 戦場を離脱したアスランとイリアはデュランダルが向かったという新造艦ミネルバに着艦した。ラダーで降りていくと、赤服の少女が銃を向けてきた。 「何者だ、お前達は?軍の者ではないな。何故その機体に乗っている?」 「おいおい、恐い顔するなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」 イリアがからかうが、少女は「黙れ!」と叫び銃をイリアに向ける。カガリが名乗りでしようとしたところをアスランが制した。 「銃を下ろせ。こちらはオーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハ氏だ。俺は随員のアレックス・ディノ、彼も同じく随員の…」 「イツキ・カワグチだ。」 少女と後ろの兵達の顔が変わった。当然だろう、プラントと友好関係にある国家の代表が今目の前にいるのだ。当惑する彼らにイリアがアスランより更に前に出て説明をする。 「デュランダル議長との会見中に騒ぎに巻き込まれ、非難もままならないのでこの機体を借りた。議長はこちらにいらしたのだろう?会わせてくれないか?」 「しかし、その証拠は…!」 少女はまだ信じられないようだが、後ろから馴染みのある顔が出てきて、アスランは目を丸くした。 「彼らの言っている事は本当だ。そちらはオーブのカガリ・ユラ・アスハ様だ。」 「私とシオンが証人になるわ。」 シオン・クールズとミサキ・グールドだ。戦後、プラントに戻ったと聞いていたがまさかこの艦のクルーになっているとは。アスランは久しぶりにあった友の顔をまじまじと見つめる。 「久しぶりだな。」 「おう。どうだ、ミサキ。シオンとはどこまで行ったんだ?」 「久しぶりに会った第一声がそれ?」 イリアの茶々にミサキは憮然とした態度で答えた。彼らの馴れ馴れしいやりとりに少女が「あの…」と戸惑いがちに声を上げる。アスランは慌てて話を戻す。 「失礼、代表は怪我もされている。議長にお目にかかりたいのだが……」 ブリッジでミネルバ艦長のタリア・グラディスは戦闘の様子をモニターで見ていた。三機のGとザクは強奪機体を追っているが、その中でインパルスは徐々に追い込まれていた。 〈ミネルバ!フォースシルエットを!〉 シンが武装の変更を求めてきた。確かにあれだけの相手に近接戦闘用のソードシルエットでは限界だ。機動性重視のフォースの方がいいだろう。副長のアーサー・トラインが「艦長!」と確認を取る。 「許可します。射出して!」 「あ、はい!」 アーサーが上ずった声で答え、タリアは先程からブリッジにいるデュランダル議長に向き直る。 「もう機密もなにもありませんでしょ?」 「ああ…」 〈フォースシルエット、射出スタンバイ。フォースシルエット射出シークエンスを開始します。オールシステムズゴー。シルエットフライヤーをプラットホームにセットします。中央カタパルトオンライン。非常要員は待機して下さい。〉 デュランダルも半ば諦めたかのようにと応じ、オペレーターのメイリン・ホークがシルエット射出シークエンスを薦めている。 強奪された機体は隔壁に向けて火器を連射しているが、自己修復ミラーの為に破ることが出来ずにいる。インパルスはミラーへ攻撃を続けているガイアを目指すが、カオスに阻まれ、遂にエクスカリバーを折られてしまう。武器を失ったインパルスにアビスとカオスが迫るが、カオスとインパルスの間を飛行物体が通り抜けた。戦闘機にも見えるその物体を確認したカインはグラウンドをレイジに組み付かせる。 「シン!今だ!!」 〈ああ!〉 シンは短く答える。アナーとザクファントムも武器を失ったインパルスを狙うカオスとアビスを牽制する。カイン達が食い止めている間にインパルスはソードシルエットをパージし、色がグレーに戻る。その後、先程の飛行物体から何かがパージされ、インパルスとドッキングし、機体の色はトリコロールに変わる。フォースシルエットに換装したインパルスの色だ。 〈やった!〉 アリスが歓喜する。インパルスは先程の形態以上の機動力でガイアに肉薄する。グラウンドを振りほどいたレイジがカオス、アビスと共に隔壁を撃つ。まだ破られないが、もう何発も持たないだろう。 あれ以上撃たれたら持たない!早くやらねば! インパルスはビームサーベルを抜き放ちガイアに斬りかかるが、シンは後ろからのカオスの砲撃に気付いていなかった。 「シン!!」 同僚を呼ぶが、敵の砲撃はインパルスではなく隔壁を狙っていた。カオスの砲撃で遂に壁に大穴が空き、空気が流れ出す。四機のGは穴に飛び込んでいき、外へ逃れる。 〈くそっ、待て!!〉 シンはインパルスを駆りプラントの外へ向かう。 〈シン!待って!〉 アリスが追おうとするが、ルゥが機体をアナーの前に出して制する。 〈シンは私とレイが連れ戻す……お前とカインはミネルバに戻れ。そろそろエネルギーも辛いだろう。〉 ルゥに言われてパネルを見ると、エネルギーゲージがEMPTYに近付いていた。 「アリス、ここはレイとルゥに任せて戻ろう。」 カインはアリスを促し、ミネルバへ向かった。 一方、ミネルバでもインパルスとレイとルゥのザクが外へ飛び出したのを捉えていた。 「あいつら、何を勝手に!外の敵艦はまだ!」 アーサーが大げさに叫び、メイリンが更に悲観な報告をする。 「インパルスのエネルギー、危険域です!最大で後300!」 「ええ!」 アーサーがまた大げさに叫ぶ。タリアは席から立ち上がり、高らかに宣言する。 「インパルスまで失う訳にはいきません。ミネルバ、発進させます!」 「頼む……」 デュランダルも同意し、発進準備を進める。それから程なくして、灰色の女神は進水式を前倒しにして宇宙へと飛び出した。オーブの代表が発進直前に乗艦しているのを知らないまま… <システムコントロール、全要員に伝達。現時点を以て、LHM−BB01、ミネルバの識別コードは有効となった。ミネルバ緊急発進シークエンス進行中。A55M6警報発令。ドッグダメージコントロール、全チームスタンバイ。第2、第5チームは突発的船殻破壊に備えよ。ゲートコントロールオンライン。ミネルバリフトダウン継続中。モニターBチームは減圧フェーズを監視せよ> ミネルバの艦内をルナマリアに先導されて歩くウィル、アスラン、カガリの三人は、その放送を聞いて眉を顰めた。 <ミネルバ発進。コンディションレッド発令、コンディションレッド発令> 「「え!?」」 その放送内容にアスランとルナマリアは同時に声を上げる。ウィルも表情を険しくした。 <パイロットは直ちにブリーフィングルームへ集合して下さい> 「戦闘に出るのか!? この艦は!」 「え? あ?」 「アスラン!」 咄嗟にカガリはアスランの本名を叫んでしまった。ルナマリアが「え?」という顔でアスランを凝視すると、カガリはハッとなって口を押さえる。 「あ……!」 「………アスラン?」 ジッとアスランを凝視するルナマリアに彼は表情を苦くした。それを傍目で見ていたウィルはフゥと溜め息を零したのだった。 |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |