おとーさんの厄介な遺産 13 |
作者: ルーク 2011年06月05日(日) 15時34分14秒公開 ID:SECjYw56uE2 |
「よし、じゃあ行ってきます!」 軽く冗談交じりで、目隠しをされたまま敬礼する。 「ぶは、方向逆だし」 「奏多、それは言っちゃいけないでしょ…」 もろ爆笑しているらしい奏多の声と、それを抑えようと必死な里香ちゃんの声が聞こえてきた。うん、でも声が震えてますよ、里香ちゃん。 「はいはい、方向どこー?」 棒をきゅっと握りしめて、みんなの指示を仰ぐ。 ああ、目が見えない世界ってこんな感じなのかな、と少しだけ思った。 夏のじとっとした暑い空気、それを一瞬忘れさせるような涼しい海風、肌にじりじりと刺さるような陽の光、蝉の声。 そして、みんなの声。 「ああ、もっと左、左!!!」 「そっちは行き過ぎ!右だよ!」 「いや、右なはずねぇだろ!絶対左!!」 「右!遥右だからね!!」 奏多の声、里香ちゃんの声、健人くんの声が楽しそうに響く。 みんなの指示通りに動きながら、なんだか自分が遠隔操作できる人形になったような気分に浸っていた。 右、シャカンシャカン、カシャン。 左、シャカンシャカン、カシャン。 前進、シャカンシャカンシャカン。 そんな音が頭の中で再現されて、つい口元が緩んだ。 「よし、そこだ!」 「遥、思いっきり!!」 「がんばれーっ!!」 今、私の目の前にスイカが立っているのだ。 ロボット人形のようにみんなの指示通りに動いて、私は今ここにいるのだ。 思いっきり棒を振り下ろして―……。 「あだっ!!!」 跳ね返されてしまったのか、棒が思いっきりおでこに当たったような感覚。 「遥!大丈夫?」 すぐさま砂浜をかける足音がして、里香ちゃんが目隠しを取ってくれた。 「いたたぁ…」 「大丈夫か?遥」 「肝心なところでドジだなー」 健人くんと奏多も歩み寄ってきた。 「大丈夫…。あーぁ、スイカ、割れなかったなぁ」 「それよりお前、おでこ腫れるぞ、今のは」 ぼうっと、ひびの入ったスイカを眺めていると、奏多がぺたぺたとおでこを触って言った。 「あ、私、救急箱持ってきてるよ!」 里香ちゃんが思いだしたように言う。 「湿布くらいは貼っておいた方がいいよ」 私の腫れかけたおでこをそっとなでながら里香ちゃんが笑った。 「そうかな?」 「うんうん。そういうわけで、ちょっと行ってくるわ。スイカ割りはちょっと待っててね!」 「おー、行って来い」 「待ってるから大丈夫」 健人くんと奏多が小さく手を振っているのを後ろに、私たちは部屋に一度戻った。 「お、あったあった。はい、こっち向いて」 「だいぶ不格好だね、私…」 「だーいじょうぶ、気にすることないって!」 ぴとっと湿布が張り付く。 「うわ、冷た」 「でも今の時期は気持ちいいでしょ」 もう大丈夫、と救急箱をしめた里香ちゃんにお礼を言う。 「ありがとう、助かったよ」 おでこから、湿布特有のにおいを連れたまま私たちは急いで砂浜に戻った。 早くスイカ割りを再開しなくちゃ。 [続く] |
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