MOON
作者: 一夜   2011年07月28日(木) 17時53分50秒公開   ID:CWJytnDD6aY
全てが終わったの。
やっと、やっと終わったの。

夜空に浮かぶ月が呟いているかのようだった。









戦場から少し離れた大樹の下。その男は樹にもたれかかる様にして座っていた。
紅と黒の瞳は夜空に浮かぶ月をじっと見つめていた。

 「よお。…無事だったか。」

にやりと口の端を緩ませ、男は言った。
視線を月から逸らせ、声をかけた主へと移す。

 「当たり前でしょ。あたしが死ぬとでも?」

目の前に現れた女が腕を組みながら、座る男を見下ろした。

 「いや、思ってないさ。」
 「ならそんなくだらないこと、聞かないで。」

長い金髪を揺らしながら女は男の隣に座った。さぁっと夜風がふたりを包み込んだ。
穏やかな沈黙がふたりの間を流れる。

 「…もう、全部終わった。」

沈黙を破ったのは男だった。女は真っ直ぐ前を向いたまま何も言わない。

 「なぁ、お前はこれからどうする?」
 「どうする…?」
 「あぁ。俺たちはもう、自由だ。」
 「あたしは…、」
 「俺と、共に生きよう。」

女は紫色の瞳で男を見つめた。男もまた左右違う色の瞳で女を見つめた。

 「もう同じ刻を生きることができる。でも、呪いのせいで俺のほうが早く逝くかもしれない。」

女の瞳に透明の膜が張っていく。

 「それに…【アイツ】はもういない。」
 「っ…!」

そんな言葉、口に出さないでと言わんばかりに女の顔は悲しみに歪む。透明の膜は粒へと姿を変え、頬を伝う。

 「だめよ…【あの子】はあんたを愛していたの。そしてあんたも、【あの子】を、」
 「俺は【アイツ】を助けられなかった。それにさ、最期に【アイツ】言ったんだよ。」



   *   *   *



 『なぁ…?』
 『なんだ。』
 『は、はっ…恋人が、死ぬってのに、相変わらずだな。』
 『……。』
 『幸せにして、あげて…?』
 『アイツを、か?』
 『当たり前だろ…アイツは、お前を待ってる…10年、前から…。』
 『でも、俺はお前を、』
 『十分、幸せだった、よ。…ありが、とう。』
 『おいっ。』
 『ね、ぇ……れ、……………。』

ずっと愛してたよ。でもね、やっぱり私じゃ無理みたい。
お前に似合うの、やっぱりアイツしかいないみたいだ。
お前らのことずっと見守ってる。ずっと…―――。



   *   *   * 



 「ずっとお前を待たせた。」
 「え?」

切なげな瞳でそう呟いた男はそのまま女の腕を掴んで、自分の胸へと引き寄せた。

 「お前と、生きていきたいんだ。」
 「…ねぇっ?」

抵抗することなく男の胸の中で女は涙を流しながら言った。

 「先に逝くなんて、許さないから。あたしを待たせた分、ずっと隣にいてもらうから。」

そう言って、いつものように強い意志を持って微笑む女を男は綺麗だと思った。

 「あぁ。飽きるくらい、隣にいてやるよ。」

男は女の顎を掴み、くいっと顔を上げさせゆっくりと唇を重ねた。









月が柔らかくふたりを照らす。
先へ旅立った【彼女】が祝福するかのように。









立ち上がったふたりは互いに寄り添いながら、そっと瞳を閉じた。









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