エイライブ・ブルー-序ノ刻T-
作者: 雷輝   2014年04月05日(土) 01時13分57秒公開   ID:YjgxZjyZ/QI
建物の外からも内からもサイレンの音が鳴り響いている。皆―否、此処は元仲間と言った方が表現が好ましいか―つまり、彼らの視界から逃げるべく私の仲間が確保してくれた一か所誰も通ったことのない抜け道を通る。
その時、私の手を握って一緒に連れてきた腰まで伸びた青い髪の少女が走りながら自分の髪をいじっているところを横目で見て、私は彼女に聞いた。


「…髪、切りたいのなら鋏が丁度私の手持ちにありますが如何します?」

「……切りたい。出来れば短くない方が良い」
「ならこの建物から出た後で少し短く切ってあげますよ」


アリス、と私は彼女の名を言う。その名前を聞いた彼女は髪をいじっていた手を止め私を見ると、うんと無言で頷く。
その仕草を見て私はほっと胸を撫で下ろす気持ちになり、ようやく外に繋がるドアを開ける。

外はまさに私と彼女を捜索するのに必死だった。青い色を放つサーチライト・足音を盛大にたてる元仲間たちの動き・そして煩瑣いほどに鳴り響くサイレンの音……。
もうこの音にも聞き飽きても良い筈なのに彼女の表情は変わらず無表情にあちらこちらに周囲を光で当てるサーチライトの光の動きを追っていた。そんな彼女の一寸した行動に少し笑みを零すのも束の間だった。建物の向こうからか細い声で、ジャック…という私の名を呼ぶ声が聞こえた。

その声を聴きつけ振り向くと建物の向こうで手だけを曝け出し手招きする仕草をする細い指先の手の持ち主が見えた。その誘いに招かれるように私は彼女を引っ張りサーチライトの光を警戒しながらその手の元へ行くと彼―私と彼女の逃亡に手を貸してくれた友人―が後ろに控えている二名の仲間を引き連れて待機していた。
その彼は私の腕を掴んで此方で引くと小さな声で私に言った。


「お前…ちゃんとアリスのこと見ていただろうな?」
「何言ってるんだよ…ちゃんとわた、ボクはあの子のことを何年も目を離さずにずっと身の回りの世話をしてきたんだよ」
「それじゃ…真逆一緒に寝た仲だなんてことは」
「それはないよ!行き成り何言い出すんだよブリキ!」

「シッそんな大声出したら連中に気づかれるだろうが、お前が興奮して如何するんだよ」


と、彼が私の口を手で覆う。
確かに今彼女―アリス―の捜索で騒動になっているのだ。この逃亡計画を企てた私が此処で大声を出しては折角の計画が台無しになってしまう。
だが幸いにも私の声は警備員はおろか誰一人気付かれることなく只管に彼女を探していた。

その様子を窺った私たちはほっと息をつくと彼は再び私の腕を掴んで私に何かのチケットを無理矢理握らせるなり耳打ちをする。


「この先に三市先までの高速バスのチケットを二つ取ってきたから。お前らはそのバスに乗って逃げろ」
「だけどブリキ…そうしたら君たちは…っ」


その先まで言おうとしたが、先に彼はふっと私に安心させるような微笑みを浮かべると私を彼女ごと彼の後ろへ引っ張られ軽く背中を押される。
その僅かにあてられた背中に感じられる手の温もりを感じ、私は思わず後ろを振り向きそうになったが、その先に彼が、振り向くな!と怒鳴られる。


「お前はアリスだけを守れ。それがお前の使命だろうが…その子を守ろうと誓ったお前が此処まできて弱気になられちゃ俺らが困るだろうよ」
「……だけど、それだと君は」
「俺のことは気にするな!それに此奴等は最期まで俺の後をついていくって一点張りだからさ」


本当、参っちまうぜ…と彼はニシシと苦笑いをして背中に背負っていた槍を手に掴む。それに見習うように彼の後ろにいた彼の部下が似たような形の槍を掴んで先に構え持つ。

だけど…それだと彼らは若しかしたらこのまま捕まって殺されてしまうかもしれない…そんな不安が私の心の中に募っていた。いっそのこと彼も途中まで…いや、一生一緒に逃亡してくれれば良かったのではないかとそう思った。


その時だった。彼女が私の上着の袖を引っ張るのを感じ、そっと彼女に向けて視線を落とす。彼女は私の袖を引っ張りながら空いた手で指差した方向を指す。思わずその方向に視線を向けると丁度その先はバスの停留所であり、今正に高速バスが到着したばかりであった。

その姿を見て彼は唖然としてる私の肩を掴んでぐいっと後ろへ引っ張るなり耳元に唇を近づけて言った。


「良いか…この建物を出た最後がお前が俺を決別した最後だと思え。そうしたら俺は安心してお前を見送ることが出来る…ようやくこんな苦しい地獄から解放出来るっていうわけだ」

「………だけど、」

「良いからお前はあの子の命を考えて生きろ!じゃなきゃ此処まで見送ってきた意味がねえだろう!それに俺はお前にも生きてて欲しいし」


アリスにも生きて幸せになってほしいんだ!


そう言ったところで遠くから銃声が聞こえた。

その音をいち早く聞いた彼が私と彼女の背中を押していった。
思わず私は彼女を先に行かせて彼に手を伸ばそうと腕を上げたが、彼女は彼の意志を察したのか私の袖をぐいぐいと引っ張って先を急がせようとする。

その様子に気づいて私は先を行こうとする彼女を追い越しやっと建物の裏門を抜け真っ直ぐバスの停留所へ向かおうとした時、銃声の音が聞こえた。

それに気づいた私は思わず身体を来た道へ戻ろうとしたのだが彼女が無言でぐいぐいと私の袖を引っ張る。その仕草に気づき私は彼女の様子を見る。




彼女はいつもの変わらない無表情のままだったが、眼の色だけが確かに今まで見た色とは違っていた。
それは…今まで彼女の身の世話をし続けてきた彼らの命を無駄にしてはいけない、慈悲を乞うような眼の色をしていた。

その眼を見て私は引き返そうとした足を引き留め、ぎゅっと彼女の手を強く掴むと歩道を走りもう直赤信号になろうとする道路をダッシュで通り抜き、高速バスが発車するギリギリのところで私はバスに乗り込もうとする定員を呼び止め、息を切らしながらも彼から託されたチケットを定員に差し出す。

彼はなんの躊躇もなく私と彼女をバスの中へ案内させると後から彼も乗車し、席に着く頃には遂にバスは発車し始めた。




その時――多分私の空耳だと思いたいのだが、向こうから何発目かの銃撃の音が聞こえた。
私はもうその音を聞きたくないと付属してあった毛布を頭に被り椅子に身体を預けた。

その間を置いて彼女―アリス―が、自分の身体に毛布を被せ私の手をぎゅっと強く握ってスゥ…と小さな寝息をたてる声が聞こえた。





私は彼女が目指す街―琴扇きんせん市―へ着く時間は後10時間。
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