雪は出会いをもたらす ( No.43 ) |
- 日時: 2007/12/27 23:08:06
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- 静かな瞳を持った少女だった。
オレを見て驚かないどころか、全くその瞳の色は揺らがない。それどころか、何処か表情が抜け落ちているような感覚さえする。 少女との距離は約六メートル。本来ならこの吹雪で表情などを視認できる距離ではない。 だが、何故だろうか。少女の半径約十メートルほどの範囲に降る雪が、吹く風が、避けていっているのだ。 柔らかな風が少女の銀髪を揺らす。 きらきらと輝いているそれは銀糸のようで、心地よい手触りを与えてくれそうに見えた。
「誰」
と、凛とした声が届いた。 おそらくは少女の声だろう。簡潔なそれに僅かに眉を顰めてしまう。 オレの背後では相変わらず吹雪が猛威を振るっていて、強風が唸り声を上げている。 それなのに少女の声は掠れることなくこの耳に届いてきたのだ。 まるで少女の声だけが別の次元にずれているかのように。 兎に角答えるために口を開いた。 「ええっと、この街に来た、ファインダーだけど……」 オレの声が届いたかどうかは解らなかった。何せ背後は風の唸り声だ。 自分ですら自分の声が上手く聞こえない。 けれど、そんなのは杞憂だった。 「ファインダー?…………つまり、この街の外の、人」 少しだけ小首を傾げた少女はそれだけ言うと、じっとオレを見つめてくる。 その視線に耐えきれずに顔を逸らそうとして、気付く。 「……って、キミ! 風邪、風邪引くからっ!」 少女の格好はこんな猛吹雪の中でするような物ではない。 白と水色の二色使いされたワンピースは明らかに夏物で、寒さを凌げるとは思えなかった。 慌てて背負っていたバックパックから予備のファインダー用コートを取り出すと、少女の方へ駆け寄ってその肩に掛けてやる。 大きいのか、足首辺りまで来た裾に少し視線を落とし、少女は僅かに眼を細めた。 つられて視線を少女の足下に落とし、驚愕した。
「は、裸足ぃっ!?」
少女は何も履いていなかったのだ。このままでは間違いなく凍傷になるだろう。 兎に角暖かいところへ向かおうと少女の白い手を掴むと、こんな吹雪の中で立っていたにも拘わらず、とても温かかった。 まるで少女自身が発熱しているかのような、そんな感覚。 馬鹿げた考えだ、と思い、少女の手を引き屋敷へと戻る。その間中、少女とオレの周りは殆ど風と雪の影響を受けなかった。 屋敷の扉を開け中に入り、少女の手を引いて先程までいたオレに宛がわれた部屋へと向かう。 部屋に入ってまず、オレは少女を椅子に座らせ、荷物の中から乾いたタオルを取りだした。 「そんな格好で、しかも裸足であんな吹雪の中にいるなんて、自殺したいのか?」 ブツブツと呟きながら少女の白い足を手に取ると、雪に触れていたというのに全く冷たくなっていない。 そして、思ったほど雪で濡れていなかった。 少しだけ呆然としてしまう。 だってそんな人間がいるのだろうか? 否、普通はいない。 けれど、オレは似たような体験を何度かしているのであまり驚くことはなかった。 驚きの少ないオレはすぐに我に返り、少女の足を拭いていく。 それに疑問の声を上げたのは少女だった。 「…………怖がらないの?」 「どして。そう言う人間がいるって事、オレは知ってるからね。怖がらねーし、驚かねーよ」 「……変なニンゲン」 「あん?」 少女のイントネーションが少し、おかしかった。独特な訛りを持っているかのような、そんな感覚。 もしかしたら少女は何処か別の国の出身なのかもしれない。 例えば、ユウのように。 そんなことを考えていると、少女はオレをじっと見て口を開いた。 「名前」 「へ?」 「あなたの名前」 どうやら自己紹介を求められているらしい。そう言えば名前を言っていなかった、と思い至る。 普通は初対面の、しかもあまり関わらないような少女に名乗るなんて事はしないのだけれど、この少女に対してはどうやら例外らしかった。 自分はどうしても甘い部分があるようだ。 「……あ、ああ。オレはキト・ザライカーだよ」 「私はハルカ」 ハルカ。響きからするとユウと同じ日本の名前に近いだろうか。 けれど、日本人、というか東アジア系の人間は殆どが黒髪黒瞳だったはずだ。 明らかに少女の持つ色とは正反対と言ってもいい。 「キト、あなたはどうして外に出たの。雪が降っているのに」 思考を中断させるようにハルカが言葉を紡ぐ。 それに軽く肩を竦めてオレは答えた。 「そりゃ、人影が見えたからな」 オレの言葉にハルカは僅かに眼を細めた。 「この街に伝わってること、聞いてないの」 「聞いたさ。雪は魔物から街を護ってくれるんだろ」 先程この屋敷の主人から聞いた昔話を思い浮かべる。 けれど所詮、それはただの昔話だ。イノセンスに繋がっているかもしれないが。 兎に角、魔物なんてモノは存在していない。 たとえAKUMAが存在していても。
「その魔物を連れてくるなんて、馬鹿」
ハルカが呟いた言葉に、オレは固まった。 だってどう見ても彼女はただの少女で。 そりゃあ寒すぎる格好をしていたとは思ったけれど、どっからどう見てもただの人間で。 なのに、どうして自分のことをこの子は魔物と言っているの。 淡々と感情のない瞳でオレを映すハルカは、相も変わらず無表情。 何処かに表情を、感情を置き忘れてきてしまったのでは、と思わず心配したくなる様子である。 ああ、自分は現実逃避をしようとしている。 何とか頭を働かせ、オレは口を開いた。 「ど、うして自分を魔物だ、なんて言うんだ」 「だって、その昔話は私を見たこの街…………この村の人が言ったことから出来たから」 何を馬鹿なことを、と言いかけた口は、けれど言葉を紡ぎ出してはくれなかった。 ハルカは真剣だった。冗談なんかは言葉にも瞳にも宿っていなかった。
なら、一体彼女は何歳だ。
とりあえず落ち着こうと、オレも椅子にどかりと座り込んだ。 椅子に座ったまま大きく深呼吸をする。吸って吐く。吐いて吸う。繰り返す。 繰り返しているうちに、冷静になった頭が昔の記憶の断片を持ってきた。 「………………異界渡り、の一族?」 「正しくは、『名も無き一族』」 ハルカは兄貴――――――――時人兄さんとリリザートと同じ力を持った少女、だった。 時人兄さんもリリザートも、世界を渡る力を持っている。そして、世界の理に干渉する力も。 それならハルカの周りを風と雪が避けた理由も、寒そうな格好をしていても大丈夫な理由も、昔話の元になったという話も納得できる。 つまり、オレ達とは元々のスペックが違うのだ。 溜息を吐いて椅子にずずっ、ともたれ掛かる。 「知ってたの」 「…………時人兄さんとリリザートから聞いた」 「……時人。クロスさんの息子、ね」 「……………………知ってるんだ?」 「私の……お父さんの弟の息子さん」 どんだけ複雑な知り合い関係だ。 まだ知り合いの知り合いと言われた方が解りやすいと思う。 それにしても、初めて時人兄さんの家族構成を知った。やはりオレは義兄の家族関係を把握できていないらしい。 まぁ、あまり知りたいとかは思わないのだけれど。 カタン、とハルカが椅子を鳴らして立ち上がった。 ゆるゆると顔を上げてハルカを見上げれば、その瞳に僅かな困惑の色を浮かべ、彼女はオレの頬に温かな手を伸ばしてきた。 その行動を見守っていると、柔らかなハルカの手が頬に触れる。 「…………………………………………解らない」 なにが。 そう、聞こうとした。 口を開こうとした瞬間、その言葉はハルカの言葉で頭の中から掻き消された。
「キト、あなた、どうして死んでいるのに生きているの」
頭が真っ白に染まった。
――――――――――――――――――――――――― (>>42の続き) (>>48へ続く)
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