Re: 短筆部文集 3冊目 (行事があってもマイペースに製作中!) ( No.5 )
日時: 2007/10/07 22:04:39
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「ある男の暗殺を」

目の前の男があまりにも淡々と言ったので、瞬時にその意味を判断することは出来なかった。
多少の間をおき、少年は眉を潜め問い返す。

「暗殺だと……?」

はい、とやはり笑みを絶やさず男は返事をし、組んでいた両手を外すと懐から一枚の写真を取り出した。
テーブルの上に置き、滑らせるように少年の前まで寄せてくる。
少年はそんな男を一瞥した後、テーブルの上に置かれた写真に視線を向けた。
傍から見ると写真は闇色で統一されていて、人物が写っていると判断することが出来ない。
だから少年は写真を手に取り、目を凝らして見たのだった。

――男……? 冗談。まだ少年じゃないか。

少年は当然、自分もまだ若いことを理解していたが、写真に写っている人物はそれよりも一、二歳幼く見られた。
漆黒の髪に隠れた、これまた真っ黒に染められた瞳はけれどどこか不思議な光を放っていて。
立てられた片膝の上に載せられた手に収まっている銃は大きすぎて、まだ幼いその少年には不相応だった。
その時、丁度定員がルイボスティーを運んできた。
それを少年の前に置き、ごゆっくりと言葉を残して去って行った。
綺麗に装飾された取っ手を摘み、少年はゆっくりと茶を口に運ぶ。それから、言った。

「おっさん、俺が誰だか解って依頼してんのか」

「ええ、知ってますよ。
 請け負った依頼は全て迅速且つ正確に行う、凄腕の万屋がいると。
 最近巷で評判ですよ。リエン・ディ・セイリアさん」

にっこりと微笑み、男は言った。

「そいつはどーも。で、知ってるってんなら訊くぜ。何故俺を選んだ」
「何故、とは」
「知っての通り俺は万屋だ。依頼された仕事なら自分の出来る範囲で請け負う。今までも色々とこなしてきたしな。
 ……けど。こんな依頼をされたのは初めてだぜ」

暗殺ならば殺し屋に任せればいい。彼らはそれを専門に生きている。
わざわざ失敗する確立の高い自分の所に来る必要などないのだ。

「それがですね」 ここにきて初めて男は笑みを崩しハの字に眉を吊り下げた。
「逃げられてしまったんですよ」
「何……?」
「貴方の元へ来る前に一度、別の方にも依頼したんです。それこそ専門の方に。
 しかし一昨日の夜急に姿を消されてしまって。それで、近くに腕利きの万屋と名高いセイリア氏が来ていると知りこうして面会しているんですよ」

――請負人が逃げた……?

それは果たして何を意味するのか。
ただ金欲しさに殺し屋と偽った下賤の犯行か。
或いは、それ程までに手ごわい目標(ターゲット)なのか。
或いは……。
そこまで思考を巡らせると、男は再び微笑を取り戻しリエンに尋ねてきた。

「さて、この件、請け負ってもらえますかね」

リエンは写真の少年と、目の前の男を交互に見やると足を組んで身を前に乗り出した。

「報酬は」

このくらいでどうでしょう、と男は指を広げて掌をリエンに向けた。
それを見たリエンは鋭い視線を変えないまま満足そうに口の端を吊り上げると、持っていた写真と共にテーブルを叩く。

「いいぜ。乗った」

男も満足げに笑みを深めると、薄い唇で目標の名を、口にした。


「彼の名は、アーキュラン・モーリヒィ・ブルドン」