雪は世界に刻まれた記憶と記録を繋げる ( No.57 )
日時: 2008/02/01 18:43:40
名前: Gard
参照: http://watari.kitunebi.com/

 暗転した世界が元に戻る。
 真っ白な雪が眩しく、思わず眼を細める。それから隣にいるハルカに視線を移し、白昼夢でなかったことを安堵した。
 周りを見回して、気付く。
 世界は、元に戻ったわけではなかった。
 暗転する前にはなかったはずの煉瓦造りの街並み。そこにオレ達は立っていたのだ。
 周りには行き交う人々。ざわざわとした雰囲気は解るのに、一人一人の気配がとても希薄だった。
「今、世界の記憶と記録に干渉して、キトが何故そうなったか解る場所を再現しているの」
 ハルカの言葉に首を傾げる。
 再現、ってなんだ。周りにはこんな街並み無かった。
 疑問に思っていると、ハルカはオレの方へ顔を向け、少しだけ首を傾げて説明してくれる。
「確か、あなた達はゴーレムを使って、起きた出来事、映像に残すのよね」
「あ、ああ。よく知ってるな」
「…………神流の時の記憶、あるから」
 軽く微笑んだ彼女に眉を寄せつつ続きを促す。
「それを、立体映像にして、周りに映し出しているの。空気を媒体にして」
 だから、ほら。
 そう言って、ハルカは歩いていた人を遮るかのように手を翳す。
 けれど、全くそれを意に介した様子もなく、ハルカの手を擦り抜けてその人は歩いていく。
 ハルカの能力は凄いと、オレは本当にそう思った。だって、化学班だってこんな事、出来やしない。
 コムリンすら暴走させてしまうのだから。
 そんなことをつらつら考えていると、すっ、と景色が移動した。
 街の一角。そこにいる黒髪の少女。まだ七歳かそこらといったところだろうか。
 足下に積もった雪を使い、蹲ってせっせと雪だるまを作っている。その蒼い瞳はとても真剣で。
 そして、オレはその少女に見覚えがあった。

「…………オレ?」

 そうなのだ。その少女はオレなのだ。間違いなく。
 驚きながらも見守っていると、やがて小さなオレはその小さな手に息を吹きかけ、雪だるまを作るのを止める。
 と、何かを感じたのか、小さなオレは顔を跳ね上げた。にこり、と嬉しそうに顔を笑みで彩る。
 その視線の先を見てみれば、一人の男の姿。
「……父さん?」
 言葉は、するりと出てきた。
 見覚えのない筈のその男には、何度考えても父親という言葉しか浮かんでこなかった。
「キトの、お父さん?」
「………………多分」
 自信はない。けれど、確信しているかのようにそれ以外の単語が浮かんでこないのだ。
 父親は小さなオレに近寄ると、笑顔でその小さな身体を抱き上げた。
 どこにでもある、親子の光景。
 さあ行こうか、とでも言っているのだろうか。小さなオレを降ろし、父親は手を引いて歩き出す。
 彼等が歩くのと一緒に、景色も移動していく。
「キトのことが知りたいから。映像、動かしてるの」
 ハルカが疑問に思いかけたことを説明してくれた。
 そのまま付いていくと、ある家の近くを二人は通りかかった。
 大きな家。その軒下には大きく鋭い氷柱が出来ている。その氷柱の下を、小さなオレが歩こうとしていた。
 きしり、と氷柱が軋んだのが見える。
 自重に耐えきれなかったのか、はたまた屋根にくっついていた雪の部分が崩れたのか、氷柱が小さなオレ目掛けて落ちてくる。
「っ!」
 丁度運悪く、小さなオレはそこで転んでしまっていた。その心臓部分を寸分の狂いもなく氷柱は射抜く。

 紅が、飛び散った。

 声もない叫びを父親が上げる。違う、元々音は聞こえていない。
 紅い血を流し続けるその幼い身体に父親が触れ、更に声を上げた。声は、聞こえない。
 血はまだ温かく、辺りの雪を染め、溶かし、冷たい空気に触れて湯気を立てている。
 生々しいその映像から目を背けようとすると、ハルカがそっと右手を挙げた。
 途端、切り替わる景色。今度は何処かの家の中のようだった。
「……ハル、カ」
「…………ごめんなさい。見てるの、辛かったから」
「……いいんだ。オレも、辛かったから」
 けれど、あれではオレが死んだところしか解らない。
 何故オレが「死んでいるのに生きている」のか、全く解らない。
 どうしようかと口を開く前に、家の中に誰かが現れた。
 先程の、父親だった。髭が伸び、髪はぼさぼさだが、すぐに解った。その片腕には小さなオレの亡骸。寒いからなのか、大して傷んではいない。
 あの光景から少し時間が経っているらしい。
 父親はそこにあったベッドの上に小さなオレの身体を乗せると、もう片方の手の中に握っていた何かをそっと身体の上に置いた。
 それは神の石、イノセンス。
「ま、さか」
 まさかまさかまさかそんなまさか。
 オレの否定したい思考と裏腹に。
 父親は、イノセンスを、小さなオレの身体に開いた暗い穴へ。

 穴の開いた心臓のあるであろう場所に、入れた。

 途端、何かと反応したのか、穴からイノセンスの光が漏れ、傷口が塞がっていく。
 血を無くし、真っ白だったその肌にうっすらと赤みが差していく。
 そして、目を開いた。





 気付けばそこは、元の白銀に覆われた丘だった。
「…………」
「…………」
 オレもハルカも、何も言わずにそこに立ち尽くしている。
 否、オレは座り込んでしまっていた。あまりにもあの光景はショックだった、らしい。
 未だ実感が湧いてこないが、間違いなくあれはオレに起こった出来事だったのだ。
 暫くして、ハルカが口を開いた。
「……キト。大丈夫?」
「…………ああ」
 その優しい言葉に苦笑を返しつつ、オレは立ち上がる。
「ああやって、オレ、生き返ったんだな」
「…………うん」
 どう返していいのか解らない、といった様子のハルカ。オレも同じ立場だったらそうなっていただろう。
 残念ながら、オレは当事者の立場だったわけだが。
「解ってよかったよ。……サンキュ」
「ごめんなさい…………」
「謝るなって。オレ、感謝してるんだから」
 そう言って笑ってみせると、ハルカは一瞬躊躇して、
「でも……………………キト、泣きそう」
 ちゃんと笑えてなかったらしい。
 苦笑を漏らしながら、オレはハルカに右手を差し出した。
「それでもさ。……ホントのこと、知れたから」
 知らないよりはいい。
 知らずに「罪」を犯すよりは、ずっと。
 ハルカがおずおずとオレの右手を握り、別れの握手をする。
 握手を終えると、オレは街の方へ、ハルカはまた何処かへと消えた。










 そうして、オレは真実を知ったのだった。

end
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>>48の続き)