それは偶然 ( No.67 ) |
- 日時: 2008/02/25 15:29:24
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- ラジオから耳に心地よい曲が流れている。
久しぶりに潜った扉の向こう、涼やかな音色のベルに掻き消されない、けれど大きすぎもしない音量で、何処か懐かしいような曲が流れている。 カウンターの向こうで、顔なじみの店主が自分に気付いた。 「……ああ、暁。久しぶりですね」 「クロス、久しぶり。…………この曲は?」 この店の主であるクロスに聞けば、側にあったCDコンポを示される。どうやらラジオだと思っていたそれはCDだったらしい。 「ティアナが最近はまっているバンドです。ヴィジュアルの服装でバラードを多く歌っているとか」 「へぇ、ティアナちゃんがねぇ」 あまり音楽に興味を持たない彼女がはまった曲。それだけヒトの心を引き付ける何かを持っているのだろう。 流れる曲は穏やかだ。暫し口を閉ざし、カウンターに頬杖を付いて曲を堪能する。 「暁さん、いらっしゃい」 どれだけの時間が流れていたのか、背後にティアナちゃんが現れていた。時計を見ればきっかり五分経っていた。 自分もあまり音楽に興味はないのだが、と苦笑しつつティアナちゃんの方へ向き直る。 「やあ、久しぶり」 「久しぶり。あんま来てくれないからさ、死んだのかと思ってた」 「失敬な。忙しかったんだよ、お仕事が」 「『獏』の仕事? それとも何でも屋としての仕事?」 「それ、どっちも同じ」 「…………」 ふい、とそっぽを向いた彼女はその場から消え、少し離れた場所にある商品棚の上に現れる。それが彼女の照れ隠しであることは既に知っている。 彼女が現れた商品棚に近付けば、また新商品のファンシーな小物があることに気付いた。 「なに、僕に買えって?」 「ちーがーうー! あたしが考えたんだ、だから感想ちょうだい?」 「へぇ、ティアナちゃんが考えたんだ」 この店――――――――ファンシーショップ「夢由(むゆう)」にある商品の殆どはクロスが考え、創り出したオリジナル商品だ。けれどここにある新商品をティアナちゃんが考えたと言うことは。 「……クロス、ティアナちゃんのこと店員として認めたんだねぇ」 「当たり前でしょう。私は彼女を店員として認めなかったことはありませんよ」 「さいですか」 苦笑しつつ商品を手にとって見てみる。成る程、女の子ならではの視点で創られているらしい。 一通り眺めてから彼女に目をやる。キラキラと期待に満ちた眼差しで見つめられていた。 「いいんじゃないかな。僕素人だけど」 「素人の意見が一番いいんだよっ」 嬉しそうに飛び回る彼女。勢い余ってクロスに飛びついている。 それを笑顔を浮かべつつ見ていたら、CDが止まっていることに気付く。 「ティアナちゃん、CD終わってるよ」 「あ! ホントだ」 ふわりと消え、瞬時にCDコンポの所に現れると、彼女は別のCDに取り替える。流れ出した曲は、同じバンドのものだった。 ふと気になって尋ねてみた。 「ね、それなんて言うバンド?」 「ん、『綺世』」 「綺世」。一度口の中で転がしてからその名を記憶に刻み込む。 先程のCDをケースごと貸して貰い、矯めつ眇めつ見る。確かにヴィジュアル系だ。 「ナギ兄さんや時人に送ったらどう言うと思う? 暁」 笑い混じりでいきなりそう声を掛けられ、言葉に詰まる。第一自分は「ナギ兄さん」のことはクロスに聞いたことしか知識にない。 仕方ないので無言を貫くと、ティアナちゃんがクロスに突っ込んでいる声が聞こえた。 それにしても、だ。 何故このバンドはどことなく懐かしい曲を奏でるのだろうか。 クロスにツッコミ終えたティアナちゃんに視線を投げ、聞いてみれば意外な答えが返ってきた。 「ギターだよ、ギター。人よりもヒトに近いモノが弾いてる。コーラスも同じモノが歌ってるみたい。だからだよ」 言われ、ジャケットに視線を落として気付く。 「…………ああ、人ではなくなったヒトが留まっているんだね」 「そゆこと」 軽く肩を竦め、返してねとだけ言ってCDを持ち、ティアナちゃんは店内から消える。 相変わらずの早業だなぁ、なんて思いながら自分も腰を上げ、クロスを振り返った。 「それじゃ、僕はもう行くよ」 「今度は客として来てくださいね」 「善処します」 「夢由」と金の飾り文字で硝子に書かれた扉を押し開け、外へと出る。柔らかな陽射しが心地よかった。 そのまま何も考えずに歩いていると、目の前の青信号の横断歩道で一人の男性が信号無視をしてきたバイクに撥(は)ねられた。辺りが騒然とする。 「っ!」 撥ねたバイクはと言うと、そのまま逃げ去ってしまう。あまりの出来事で、この自分でさえバイクのナンバーを見ることが出来なかった。 とりあえず近くの人間に救急車を呼ぶように言って男性の方へ駆け寄る。打撲、骨折、それから出血。かなりの重症である。 今までの知識を振り絞って応急処置をするが、気休め程度にしかならないかもしれない。 「…………ぁ、……」 「喋るな!」 何事かを喋ろうとした彼を押し止め、救急車を待つ。 応急処置に使ったクロス作の「抑えの包帯」が血で赤く染まる頃、漸く救急車がやってきた。
――――――――――――――――――――――――― (>>68へ続く)
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