或るミュージシャンの現場入り。 ( No.71 )
日時: 2008/02/26 21:52:58
名前: 沖見あさぎ
参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/



「『CROSS』の二人入りまーす」
「よろしくお願いしまぁす」

撮影所に入った途端、スタッフの一人が俺たちの存在を知らせ、前にいたカイが軽く手を挙げて気の抜けた挨拶をした。
今日の俺たちの仕事は、来月から始まる学園ドラマの撮影だった。
ので、セットは教室やら職員室やらと学校関係のものが集まっている。
不意に見回すと、他の役者はもうドラマの制服に着替えて待機していた。
カイが『カガミ』と話をしたせいで(といっても別にカガミを責めているわけではなく寄り道をしたカイが悪いのだ)大幅に遅れ、どうやら俺たちがビリらしい。
しかし俺たち(ってゆうかカイ)が遅いのはスタッフも共演者も把握していて、これといって追及されることもなかった。
おはようございます、よろしくお願いします、と律儀に周りのスタッフに挨拶をしていると、歩いてくる人影があった。

「やっほ。カイ、ユウ」
「チカぁー」

カイが頬を緩めて目の前の男に抱きついた。言っとくが此処はアメリカじゃねぇ。
白いシャツの上にキャメル色のカーディガンを羽織り臙脂のネクタイを締め、ゆったりと笑っているその男は他でもない。
『ドロップ』のリーダー、CHIKA―――有末千景だ。
このドラマでは生徒会長の役を務め、主要メンバーの一人でもある。
役どころでは、不良役であるカイとは対立する間柄であるのだが……今の状態はそんなことを微塵も感じさせぬ仲のよさだった。
(こんななのに一旦撮影が始まると相手への視線が敵意を含んだものになるのだから凄いと思う)(本当はお互い好いてはいないのかもしれない)

「あれ、ヒナタは?」
「今日はこっちは入ってないよ。ほら、バスケ部だから。神奈川の学校に撮りに行ってる」
「あ、そーだったっけ。屋外組かー」

カイの突撃によって乱れた髪を直しながら、チカはふいに俺を見てにっこりと笑った。
――俺はこいつのことが、少し苦手だ。
腹の底で何を考えているのかわからない性格は好かない。
しかし関わらないというわけにもいかないのだ。俺の兄は俳優だが、ひどくチカと仲がよくたまに家へ遊びにきたりする。
ぺこり、と一礼すればひらひらと手を振られた。

「ね、ね、きーてよチカぁ。さっき俺、カガミに会ったー」
「へえ? すごいじゃん。握手した?」
「あ、忘れた」
「お前、「もし会ったらぜったい握手するー」っつってなかったっけ?」
「言ったっけ?」
「……んっとに忘れっぽいよね、カイって」
「まーいーじゃん。帰りにまた会えるかも。此処のスタジオらしいし」
「…ラジオ番組とドラマの終了時間がかぶるのは難しいんじゃない?」
「なんとかなるって。うん、そんな気がする」

傍にいた男性スタッフが笑って、「チカ、ユウ、休憩時間にカイが逃げないように見張っといてくれよ?」と茶化した。
チカは笑って、はーい、と返事をしたが、本当にカイは逃げていきそうで怖い。
(どうしてそこまでカガミが好きなのかは知らんが)

「じゃあお二人とも、着替えてきてくださいねー」

軽く言われて、女性スタイリストによって更衣室へ押された。
……今日は、スムーズに終わるといいな。早く帰りたい。

また一日が、始まる。





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(>>69のつづき!)