(隣にいさせてください) ( No.17 )
日時: 2007/07/12 16:52:12
名前: Gard
参照: http://watari.kitunebi.com/

 玲奈が学校に来なくなって三日経った。
 携帯も繋がらないし(多分電源を切ってる)、家を訪ねようにも大体僕は彼女の家を知らない。
 彼女の現状について知る手段は、全くなかった。
 イライラする。
 このイライラは最後に玲奈と会った日の放課後からだ。
 あの時、彼女を待っていた僕の前に、見知らぬ(と言っても僕は殆どの人間の顔を覚えていないのだが)女子が現れた。
 突然僕に告白したかと思えば、今の恋人はお遊びなんでしょう? なんて言い始める始末。
 機嫌はその時から急降下していて、一緒に帰るはずの玲奈は既に帰っていて。
 ああもう、本当にイライラする。
 寄ってくる女子にも遠巻きに羨ましそうな視線を向けてくる男子にもイライラする。
 八つ当たりしてしまいたいぐらいに。

「おーい、栗宮くぅ〜ん? 思いっきり不機嫌そうだぞぃ」

 礼治がちょいとごめんよ、等といいながら女子の垣根を掻き分けて隣にやってくる。

「どーしたよ、眉間に皺、寄りそうだぜ?」
「放っておいてくれる」
「はっはーん、彼女と喧嘩したな」
「…………放っておいてくれる」
「どーりで姉貴が『玲奈が鬱ぎ込んで泣いてて勉強に手が付かない』って言ってたわけだ」
「………………何、キミのお姉さん、玲奈と知り合いなの」

 礼治の言葉に顔を上げて聞き返せば、おいおい、と言って彼は肩を竦めた。
 ついでに、もう少し他人に意識を向けろよな、と言うお説教も頂く。
 説教は聞き流しながら礼治を見れば、ふふん、と鼻を鳴らすようにして、

「前言っただろ? 鈴村玲奈はオレの姉貴の友達で、オレも結構仲がいいって」

 胸を張って、答えた。
 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がると、僕は礼治の両肩に手を置いて問い掛けた。

「玲奈の家、何処っ?」

 声が必死さを滲ませて、礼治の肩に置いた手がいつの間にか力が入って微かに震えていた。

「お、おおお、落ち着けって、な?」
「落ち着いてるよ。だから早く教えて」
「落ち着いてないっつーの!」

 ずびし、と間抜けな効果音が入りそうな手刀を僕の頭に振り下ろす。
 それから軽く息を吐いて、礼治は僕を見た。

「教えるからには、しっかり泣きやませるんだぞ?」
「当たり前でしょ」

 何を言っているんだ。
 泣いた原因を突き止めて、もう二度とこんな事にならないようだってするさ。
 何しろ僕の精神衛生に、玲奈がいないという事態は途轍もなく悪いのだから。

「じゃあ、教えるぜ」





 放課後、礼治に教えて貰った家の前へ辿り着く。
 表札にはしっかりと「鈴村」の文字がある。間違ってはいないだろう。
 呼び鈴を鳴らして、出てきた玲奈の母親と思われる人に玲奈の部屋の前まで通して貰うと、僕は扉を軽くノックして開いた。

「…………誰」

 弱々しく、涙声の玲奈の声が聞こえた。
 想像よりも遥かに小さなその声に、胸が潰されるかと思った。

「僕だよ、玲奈」
「……恭哉、君?」

 くるまっていた布団から顔を出した玲奈の目は、赤く腫れぼったくなっていた。

「三日間、ずっと泣いてたの?」
「…………」
「どうして?」
「…………」

 何も言わず俯く玲奈に近寄り、そっと顔に手を添えて真正面から見つめる。

「どうして?」

 再度問いを繰り返せば、玲奈はゆるゆると口を開いた。

「わた、し……が、恭哉君と釣り合わない、のが、悔しくて、辛くて…………」
「……え?」

 思いもしなかった言葉に首を傾げる。

「聞いちゃった、の。私と付き合ったのって、遊びだったんで、しょ?」

 あの放課後の遣り取りを思い出した。
 きっと玲奈はあの時、聞いていたのだ。

「遊びじゃない」
「だって、肯定して、た」
「してないよ」
「……否定、してなかった」

 はらはらと涙をこぼす玲奈にどうしていいか解らず、とりあえず抱きしめてみる。
 抱きしめて、背中をさすって。
 そうして少し落ち着いたところで、あの日玲奈が聞いたことをぽつりぽつりと話してくれた。
 全部聞いたところで、僕は申し訳なくなった。

「夢を見させてあげるって言葉に、確かに否定はしなかったよ」
「じゃあやっぱり、」
「でも、僕はキミに夢を見させてる訳じゃないんだ」

 こつり、と玲奈の額に額をあわせる。

「僕が周りを追い払わない理由なんだよ、それは」
「え?」

 首を傾げるような雰囲気が言葉から伝わってくる。
 それに当たり前か、なんて思いながら僕は言葉を続けた。

「昔からあまり他人に興味が持てなくてね。前は近寄ってくる他人を全部『興味ないから』の一言で遠ざけていたんだ」

 でもそれじゃあ相手に与える印象は最悪だ。
 親にも教師にも態度をどうにかしろと指導され、仕方なく身に着けた処世術。
 それが興味のない人間にも当たり障りなく関わる今の方式。

「だから、周りに『社交性がある栗宮恭哉』を夢見させているんだ」
「でも……」
「うん、言葉が悪かったよね。でも、あの時は何となく僕の態度にあってるな、って思っちゃったから」

 それでこんなに玲奈が傷つくんだったら、そう知っていたら、絶対に否定したのに。

「…………あの、じゃあ乗り換える、って言う話は?」
「ああ、それ?」

 苦笑して玲奈の額から額を離した。
 もう一度真正面から玲奈の瞳を見ると、僕は自分の中のイライラが消えていることに気がついた。
 けれど今はそんなことはどうでもよくて。

「もちろん丁寧にお断りしたよ?」

 鼻で笑ったけれど、とは言わないでおく。
 第一、名前も学年も知らないし覚える気もないし、それに何より興味が湧かなかったし。
 多分玲奈より興味を湧かせることの出来る女子はもう、現れないと思うんだ。
 はらり、と玲奈の目から涙が落ちた。

「……じゃあ、私、恭哉君の隣にいてもいいんですか」
「うん」
「隣にいて、お話して、手を繋いでもいいんですか」
「うん」
「恭哉君の彼女だって、胸を張っててもいいんですか」
「うん」

 頷いていけば、僕が彼女の頬に添えていた手を降ろさせ、きゅう、と抱きついてくる。

「私を、恭哉君の隣にいさせてください」
「……僕を、玲奈の隣にいさせてください」

 まるで誓いの言葉みたいだな、と思いながら玲奈の顔を見る。
 涙で濡れていた顔は、けれどとても綺麗だった。

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>>13の続き)