シャロン(サンタクロースが死んだ朝に) ( No.19 ) |
- 日時: 2008/12/26 22:44:16
- 名前: 色田ゆうこ
結局わたしはその本人では無いしもちろん実際触れ合った親しい人たちの中の1人でもないから、悲しみもなにもいつのまにかにはまたゼロに切り替わって、頭の中は例えば今目の前に広げられている数枚のトランプの中からどれをひこうかとかそういうことでいっぱいになったりしてしまう。それでも何だか乾いている感覚はあって、どこかがぽっかりと空いている気がしていた。こんなこと思うのはあの日生きた人類の中でもしかしたらわたしだけかも知れないけど、いやきっとわたしだけなんだ(、わたしは子供だから。)、全人類が彼女の為にこの夜を優しくごまかして幸せぶっているのだろうとそんな事を、思った。望んでいた。そうであったらいいと思った。 その時どうしてもわたしは、あたたかくて明るい幸せなこの空間が不快だった。
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青いお別れ / 藍と紫央 ( No.20 ) |
- 日時: 2009/02/11 17:30:21
- 名前: 桜
- 参照: http://mist26.jugem.jp/
「兄ちゃん、大丈夫? 兄ちゃん…」
一種類ではない血の匂いを漂わせながら弟の紫色の瞳がこちらに向いている。 黙ってその身体を、頭を引き寄せる。震えていた、かわいそうに。 深く息を吸った。鉄分の芳しい香りに酔った。脳髄が蕩ける。心臓が高鳴って体中を暖かい蛇が這いずり回るようだ。
「……兄ちゃんを苦しめるヤツを、僕は許さない…」
藍の携帯が廊下に転がされたままチカチカと黄色いランプを点滅させている。 玄関には血が付いてひしゃげたビニール傘。 哀れな始末屋たちのことは夜が明けるまでに誰かが回収してくれるだろうから心配はいらない。
夜に飲み込まれた二人きりの生活を諦めなければいけない、と思った。 もうこれ以上何を諦めるのだろうか。 持つ者と持たざる者がいるというのはよく聞く話だが、これほどまでに自分が後者であると思ったときはない。 真っ暗に灯りを落とし、必要なものしか無いリビングルームを愛おしく悲しく思った。 疲れきって眠ってしまった弟をソファに寝かせる。通学用の白いシャツに少し血がこびりついていた。替えのシャツを用意しておいてやらなければ。 玄関へ行って傘を拾い上げると丁寧に濡らした布巾で血をふき取り、広げてあるゴミ袋に投げ入れた。
時刻は午前二時半を過ぎた辺りで、空になった夕食の皿が食卓の上にまだ置かれたままになっている。 もっと手の込んだものを作れば良かったかな。 紫央が何かを嫌いだといって残すことは一度もなかった。
良い兄とは、良い弟とは、良い兄弟関係とは、何だろう。 夜中のファミリーレストランに二人で入り浸って怒られたこと、学校をサボって水族館へ連れて行ったこと。
泡を握り締めながら終わりかけていく世界を反芻した。 終わる前に終わらせようとする衝動を感じてから、包丁やナイフを使うのをやめることにした。 洗った食器を白いプラスチックの籠へ入れ、簡単な朝食を作って冷蔵庫へ入れた。最後にしてやること。たったこれだけしかない。 じわじわと熱くなる喉や胸は、薬が欲しいだけでは無いだろう。
床に転がっていた携帯を手に取り、着信履歴から電話をかける。終わろう、慈しむ心が受け皿を粉々に割ってしまう前に終わらせてください。
紫央へ
朝御飯は冷蔵庫にあります。 終業式だからってさぼらないように。
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藍と紫央が一緒の家にいた最後の日の話。
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過保護の理由1 ( No.21 ) |
- 日時: 2009/02/12 22:50:54
- 名前: 三谷羅菜
- 「おっ、クレープだクレープ! 日向、お前どれにする?」
人懐っこい笑みを浮かべて、こっちを振り返って、かと思ったら、急に真剣な顔をして、たくさんのクレープの写真が載った看板とにらめっこを始めたりする。 こいつ程のお人好しも、そう居ないだろう。行き倒れていたとはいえ、見も知らない女を介抱し、その女が記憶喪失で、行くあてがないと知れば「じゃあここに居ればいい」なんて平気で言ってのける。
「きーめたっ。俺チョコバナナクレープにする! 日向、もう決まったか?」 「……別にどれでも」 「遠慮すんなって。ほらほらこのストロベリーアイスクレープとか、なかなか美味そうだぞ?」 「…………じゃあそれで」
名前も戸籍もなかった女に、それを与えて、今もこうして与えようとしてくれる。 それを負担に思ったことはない。思う資格などあるわけがない。 けれど、いつまでもそれではいけないと思う。 いつまでも、彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
「ほいこれ。ストロベリーアイスクレープ!」 「…………」
ありがとう、と言うべきだったのだろう。そうすべきだと思っているのに、口に出せなかった。 彼は気にも留めず、自分のクレープにかぶりついていた。 渡されたクレープに目を落として、どうするべきか迷う。迷う自分に嫌気がさす。
――――他人の好意すら、まともに受け取れない自分に。
☆★☆ 無駄に続きます(汗)。
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Aは烏滸がましくも憧れてしまったのでした ( No.22 ) |
- 日時: 2009/02/21 19:37:30
- 名前: 栞
(ああ、)
ちょうどこんな気持ちを土砂降りっていうのかな。こころの中は大洪水。
なにがほしいのと訊かれたからお金と答えました。 その人はためいきをつきました。
(ああ、)
こえが聴こえるよ。 あの子は扱いづらいこ。ひねくれてるこ。めんどくさいこ。 どうしてどうしてどうして、わたしの育てかたはまちがってない。
(ああおかあさんきこえますか、)
今日はわたしのたんじょうびです。
声がきこえる。 きこえる、うるさいうるさい、騒音。 うるさくてヘッドフォンをつけた。安心した。 わたしの世界には音しかいらない。 漏れ出るほどの爆音で、いつか耳さえだめになればいい。
眠れないよるは膝を抱えて丸くなる。 内に押し込めた感情が出てこないように溢れ出さないように、
(でなきゃあのひとを刺してしまいそうよ、)
悔しかった。辛かった。泣きたかった。泣きたかった泣きたかった泣きたかった。
(こどもらしくさめざめと泣いたら、あのひとはわたしを見てくれるかしら)
でももうなけない、わたしのからだ。
眠れない夜は膝を抱えて、 夜の静寂を掻き消す、素敵なわたしのヘッドフォン。
(―――さあ!さあ!百歩譲って生ゴミ
誰か代わってくれないか?
死にたがりなんて罰当たり!
悪臭を放つ、死にぞこない)
夜の中で、死にぞこないは丸くなる。
握りしめた手に、紙の束。
あなたにお花を買おうと、確かにわたしは思っていたのに。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ (少女Aの考察)
こうさつ【考察】 …物事を明らかにするためによく調べて考えること。 (広辞苑第五版より抜粋)
song by「ハッピーエンドに憧れて」
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過保護の理由2 ( No.23 ) |
- 日時: 2009/02/21 22:17:00
- 名前: 三谷羅菜
- 視界の隅に、家族連れの姿を認める。母親と父親、そして子供が三人。まだ一歳かそこらの子供を母親が抱き、三歳ぐらいの子供は父親が手を引いている。その四人から少し離れて、暗い表情をした五歳ほどの少女がとぼとぼとついてきている。
初めて見たはずの光景。けれど、見覚えがあった。いや…………違う。見覚えがあるんじゃない。
穏やかな笑顔を浮かべて幸せそうに歩く四人と、その中に入れてもらえず、けれど置いていかれるのが嫌で必死についていく一人。追いついたところで笑顔が自分に向けられることはないとは知っていた。自分が行けば笑顔は消えて、嫌悪と憎悪の表情に変わる。
――――あんたはあたしの子じゃないわその髪の色目の色あたしの子じゃないわ! ――――化け物そうだ化け物だ本当に生まれるはずだった俺達の子を食って成り変わったんだろう化け物め化け物化け物俺達の子を返せ! ――――どうしてこんな子があたしから生まれたのかしらお願いだから今すぐ消えてあんたみたいな化け物とはほんの一瞬でも一緒に居たくない。 ――――じゃあな化け物もう二度と俺達の前に現れるなよ来るなよ化け物。
「―――――ッ!」
忘れていたはずの声が、痛みが蘇る。そうだ、名前を忘れていたわけじゃない……与えられなかったんだ。化け物としか呼ばれなかった。黒髪黒瞳の人間から生まれたはずなのに、髪も目も赤い。後に生まれた妹たちは、黒髪黒瞳だった。 だから……だから、私は。
とぼとぼと歩いていた少女が、小石か何かに躓いたのか、急に転んだ。すぐに起き上がるが、泣きそうな表情になっている。それに気づいた母親が、抱いていた赤ん坊を父親に預けて、少女の方に歩み寄った。安心したのか、少女が母親にしがみつく。母親は穏やかな笑みを浮かべたまま、少女の頭をなでていた。父親も少し離れた所から、振り返って二人を見守っている。
…………ああ。 この子は、受け入れられている。 けれど、私は。
☆★☆ まだ懲りずに続きます(汗)。
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少年の自覚 ( No.24 ) |
- 日時: 2009/02/28 21:41:12
- 名前: 栞
- 涙ってもんは結局、眼球を潤す水でしかないんだ
よな。弱アルカリ性の、体液。まぶたを動かすた めのもの。 感情が高ぶると流れるって言われてるけど、わけ もわからず感情が高ぶっている人を前にすると、 こう…微妙なもんだな。 見開かれたガラス玉から、ぼろぼろとこぼれてい く。なに、その顔…。カラスが豆鉄砲?…いや、 鳩か。 とにかくやたら驚いた顔をして、涙をぼろぼろこ ぼして泣いている。大粒の雫。ああこいつ泣くん だな、ってうまく機能しない頭で考えてた。あー でも、コンクールでミスって大泣きしたのこいつ だったっけ。俺はあまり泣いたことはないから、 物珍しかったのを覚えてる。 そろそろ心配になってきたので、俺はそっと顔色 を伺いながら話しかけた。
「イオおまえ、」
どうしたの。そう言いたかった言葉はついに音と して発せられることはなかった。あいつの細くて 長い指が、すがるように俺の右腕を掴んだから。
顔がわずかに伏せられて、長いまつげが揺れる。 涙の雫がまつげを濡らして、ぽたりと落ちた。
「 、」
か細く呟く、言葉。
それは俺の思考を停止させるには、十分すぎるほ ど衝撃的な三文字だった。
(ばーか、そんなの、)
(俺からしたら今更すぎる!)
‐‐‐‐‐‐‐
(キャラお借りしました:色田ゆうこさま)
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keep on beliving ( No.25 ) |
- 日時: 2009/03/13 18:42:00
- 名前: 色田ゆうこ
03. (本来やわらかくあるべきその部分は水分を持ってひどく優しい色をたもっていた) そうもう一度思ったし、何度見てもそう思うのだろう。わたしはくうきと、にんげんに とっての必要ないくつかのものとの見分け方も何も知らないのに皮膚だけはそれを 鋭敏に感じ取って震えていた。「もっと願いなよ、そうしてもっと愛しなよ」。雑踏の 中、あの頭のおかしな(すくなくともわたしたちからはそう思われていた)家庭科 教師の呪いのような掠れてがさがさした声が耳にきんきん響く。ああ、先生。先 生。わたしは泣き虫なんです。冬だった。潤色が、じっと(涙を)耐えている、…… 冬だ。感情をもたない強い風が顔を撫で回すようにして過ぎていった。(――― ―あ。)落ちてゆく、のか、な。1つの大きなものがわたしを突き刺していた。あのう たごえ。どうして。どうして。どうして。歩かねばならないのですか。こんなに鳥肌が たつなんて死ぬようだと思った。死んだことなんてないけれど。いやなことを思い出 させて、泣かせる儀式なのです。これは。そんなこと、ずっとむかしから知っていたの に。
02. さびしさやくやしさが全部血液にしみこんで、すごいはやさで体中をめぐっている。 こゆびが、その重みを一身にうけて震えている。一生懸命伸ばした右手の、こゆ びのつめ。ピアノの音なんてきらいだと思った。不安定極まりない。中途半端で 頼りない。からだのうちがわからばらばらに崩れていく気がした。わたしを崩壊させ ようとする、……涙腺に直接さわろうとするこんな場所だいきらいだ。こんな場所。 こんな場所、……………。つめたく黒い筒を両手で握りしめる。胸元に結ばれ ていたあのくたくたしたリボンも胸ポケットにあった傷だらけの名札も、後輩にどうし てもとねだられてあげてしまったけれど、そうしておとずれた自由は何故だかひどく くるしかった。でもそれでいいとおもったのだ、わたしのリボンを手にした彼女は、わ たしの名札を手にした彼女は、彼女たちは、きっとわたしを忘れないから。少なく とも彼女たちがこちらの立場になるまでは。
01. 部活のメンバーたちはまだ帰ろうとしないらしい。わたしたちにそんなにうつくしい絆 などなかったはずなのに、みんなそう思っていたくせに、それでもメンバーが揃うこと には意味があるという。「祐子、」。「祐子は?」。――みしみしと音を立てる教室 の床を思い出していた。あの床に……あの汚い床でうずくまって一人で泣いた日 を、わたしはきっと一生忘れない。いくつもつぼみをつけた桜の木の枝がよわよわし くゆれている。もういい。もういいのだ。振り返るなんてことしなくても、わたしはこの 場所を忘れないだろう。でき、ない。(本来やわらかくあるべきその部分は……。) (水分を持って、ひどく、……。)みんな、大切な大切な一歩を今踏み出そうとし ているのだ。そう思うと、道徳の教科書を読んでいるみたいでなんだか笑えてしまう。 中二病? ……「三年生だけどね」。旅立ちのときだというのにわたしのこの、うす 汚れた運動靴にはまだ不安ばかりが詰まっている。ねえ。みんな。「……怖いよ」。 つぶやいたことばを風が攫ってゆく。ゆっくりと振り返った。そうして目に映った景色は、 いまだに、(優しい色をたもっていた)。
00. 、春だ。
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空知らぬ雨、ゆめ ( No.26 ) |
- 日時: 2009/03/31 22:47:42
- 名前: 深月鈴花
- 参照: http://www.alfoo.org/diary39/loveall/
私が住むのは、深海なのだと、貴女に教えられた。
貴女だけだったわね。私の本当の笑顔を知っているのは。 でも、もう夢でしか会うことは叶わないのだわ。そう、私の夢の貴女(ひと)。
ゆめの、なかであなたは。 全ての虚像、何もかもが罪で、空々しい。だけど―――幸せで。
(……お姉ちゃん、)
ばいばい、なんて貴女が笑うから。
貴女は光で、眩しすぎた。 手を伸ばす。かすれる。かすれる。―――空を、切る。 伸ばした手を掴んでもらえるなんて幻想は、とっくに捨ててしまったの。 所詮は光でしかないのだわ。
目を閉じて、夢を見て、貴女に会う。なんて素敵な色彩。 目を開けて、現を見て、無の虚像。ああ―――…
笑うことで自分をひた隠しにする。感じ取られてはいけないの。悲しみも、怒りも。 笑顔の仮面の下にひたひたと、隠す。誰も知らない、そう、そんなのが理想だった。自分でさえ、わからなくなってしまえばいい。
光が、貴女が届かない深海。あなたが教えてくれた。私が求めるのは、 陸へ、陸へ。 そうすれば。陸へ行けば。雨が大地に降れば…雨が貴女と私を繋いでくれるのに。 でも、私(陸)はどこにもないから。私すらどこにあるのかわからない。
私は。
深海で、空知らぬ雨を。 どうか、どうか。 繋いでください。貴女と私。
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Re: 短筆部文集 // 4冊目 (ゆるゆると製作中!) ( No.27 ) |
- 日時: 2009/04/02 00:23:49
- 名前: 涼
- 「あのね・・・・・・、好きな人が出来ちゃった」
いつもとは違った雰囲気で、いつも以上に輝いている笑顔で彼女ははにかむ
あぁ、ついにその時がやってきたのだ 止められないと知っていたが心の方は、まだ準備が出来てなくて・・・
「あ、まだお父様には内緒ね」
いたずらっ子のように軽く笑う彼女が愛おしい 後ろで結んだ手をさらに強く握り締めた 腕が勝手な行動をしないように
「・・・どんな人なんだ?」
「あのね、強くて優しくていい方よ? アルレナには今度お仕事で会うからその時に教えるわね」
服は何色がいいかしら?彼はどんなドレスが好きかしら? ネックレスはこれで大丈夫?あ、靴も考えなきゃ・・・
そんな言葉を発しながら支度は進んでいく、彼と彼女が会う日
向こうはきちんとした身分を持ち、しかも顔も整っているという非の打ち所の無い人物、カイン・シュトロムフェルドという男 完全敗北 なぜ私はフォンデルナン家に生まれてしまったのだろう・・・ この血筋さえなければ、恋人にはなれなくとも気持ちを打ち明ける事は出来たはず こんな苦しい思いをせずともよかっただろうに・・・・・・
ふーっとため息をつく いつの間にか隣には彼女が・・・
「どうしたの?ため息なんかついちゃってさ ・・・あ、もしかしてその感じは恋の悩みとか?」
「そうなんだよね〜」
少しはしろもどろとするものかと思っていたが、案外すんなりと素直な言葉になった しかし、彼女に本当の事を打ち明けるわけにもいかないので先の言葉につまる それを話せない事情と察したのか、彼女は自ら切り出した
「信じていれば夢は叶うもの、ってどっかで聞いた気がするんだ だから、大丈夫 あんまり悩まないで?」
なんて頼りなく、無責任で、心を突き刺すような言葉なのだろう そんな言葉なんていらない 一言、「好きな人の話、嘘だよ」と言ってくれれば・・・・・・
・・・・・あぁ、泣きそうだ 彼女が本当に心配している姿を見て、これ以上何を求めるつもりだと心が叫ぶ 隣にはいられなくとも近くにいられる それだけで十分じゃないか、と
「そう・・・・・・だな」
彼女を心配させない為の精一杯の嘘を呟いて、・・・・・いや、心の声に答えるのならあながち嘘でもないか この空気を変えるためにわざと明るい声を
「さて、そろそろ準備にとりかかりますか 誰かさんが家柄の良いシュトロムフェルド家の方をお招きをしたのでね」
もう、っと言いながら名前が出ただけで少し顔を赤らめる彼女 胸の奥が痛い これが夢ならどんなによかっただろうに・・・
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「解答」と「結末」の相違点について ( No.28 ) |
- 日時: 2009/04/02 03:08:09
- 名前: 沖見あさぎ
どうして、どうしてと、彼は泣いていた。獣が哭くかのような声 を上げて、愛する女(ひと)を前に泣いていた。今まで彼と接して きて、初めて見た姿だった。自分は誰よりも長く、多く濃密な時 間(学者である同士として、有意義な時間)を彼と過ごして来たと 其れなりに自負しては居たが、彼があんな風に乱れ、喚いて、人 間らしさを見せるのはあの女の前だけだと扉一枚越しに実感した。 彼はあの女に恋をしていた。例えその頭脳を社会的に受け入れら れない方向へ、使ってしまっても、彼はあの女を助けたがった。 あの女と、その娘を。綺麗で儚いあの美人を。結果として彼が起 こした行動は罰を受けるべきものではあったが、その感情自体は ひどく、美しく、大切なものであるように思えた。彼は数式でも 解くことが出来ない、数式より重要に思える、そして、彼の数式 に対する知識の全幅を傾けてでも愛するべきものを見つけたのだ。 その感情は自分には理解出来ない、何億光年も遠くに在る、未だ 誰も見つけた事のない惑星のようなものである。わからない。わ からない。けれど純粋に、美しいと思えた。だからこそ、悲しかっ た。滲む視界の中につめたい扉が映っている。その向こうで、泣 きながら連れ去られていく友の慟哭と、泣き崩れる女の、ごめん なさい、ごめんなさいと繰り返す涙ぐんだ声が聞こえた。
(この答えが、正しいのか、否か、分からないが) (この結末では誰も幸福にはなれないのだと、それだけは。……)
頬を冷たい滴が伝っていくのを感じながら、ただただ其処に立っ て、彼と登った雪山の美しい光景をそっと思い出していた。
◎湯川と石神/容疑者Xの献身
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