咎の鍵人はかく語る ( No.24 ) |
- 日時: 2007/12/09 00:16:37
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- この世は泡沫(うたかた)。この世は現(うつつ)。
恒久の安寧が続く戯曲に、人は気付かない。
永久(とわ)の凍土を溶かしましょう。
永遠の氷室に閉ざされた、悪夢の記憶を。
さぁ、少女の見る夢は、
真実で、御座いますか?
よくぞいらっしゃいました、御客人。 此処の事で御座いますか? 御客人、貴殿も良く知っている筈で御座います。 夢と現と幻の間に存在する、狭きこの狭間を。 お客人、再びこの地を訪れた貴殿は、何を望む? ・・・意味が解りませんか? ならば御客人の隠された真実を、閉ざされた記憶を、呼び覚まして差し上げましょう。 ええ、小生はその責務を負う者。 眼前に広がる氷室の保持者にして、管理者。 小生の事を、<鍵人>と呼ぶ者も居られるようですね。 さぁ、小生の事はどうでもよいではありませんか。
ほら、
喪われた記憶の、
鍵が開く。
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儚き少女の悲痛な夢を ( No.25 ) |
- 日時: 2007/12/09 00:18:55
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 『っわ、何なんだよ、これ・・・・ッ!腕が・・・!』
『ああ、あ、あたしの、手が・・・あたしの、あたしの・・・・!』
『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、嫌だ死にたくない・・・・!』
『なんで、どうして』
『せめて、あなただけでも』
『嫌だね・・・全身が蝕まれているのに、痛くて痛くてしょうがないのに、死ねないなんてさ』
『さようなら』
『サヨナラ』
『ばいばい』
『さよなら――――――――――愛してるわ、 』
(・・・・・・・おかあ、さん)
ご理解、頂けましたかな?
(・・・・・・・・・・・これは・・・何・・・?)
そう、御客人。 貴殿はこの世界の住人でございました。 自然に恵まれ、科学の発展で幸せに暮らしていた、平和な世界。 しかし、平穏は崩れ去ったのです。
(やめて)
それは、伝染病の蔓延。 身体の一部が――――鉱石のような形質と化し、次第にそれは身体中へと広がり――――――――――
(やめて、)
生きたまま、気道は鉱石に塞がれ――――――――――
(やめて・・・・!)
血流は硬質化し、自ら命を絶つことも叶わず――――――――――
(やめて、やめてやめて・・・・・ッ!)
声帯も使えず、断末魔の叫び声さえあげることすら許されず、苦しみ死ぬ。
(どうして・・・・こんなの違う、こんなの・・・夢だ・・・ッ!)
いいえ、違うのです、御客人。 小生の封じた記憶に、違えなどございません。 ほら、貴殿は以前も、此処に来られている。 そう、あなたのお母様でしたか? 死ぬ直前に、貴殿を此処まで転送させた。 大したお方です。 そして、貴殿は願われた。 忌まわれし記憶の、凍結を。 小生に再び出会うとき、解凍し真実を知る事を。 生者を失くした世界は消え、貴殿は新たな世界で、記憶喪失者として生きた。
(違う・・・嫌ッ、おかあさ・・・!)
・・・混乱されていらっしゃるのですね、無理も無い。 あの風景は、小生にも少々鑑賞し難いもので御座いましたから。 恐らく、小生が引き受けた記憶の中でも、嫌な記憶に入るもので御座いますね。 凍結するのに、少々時間を要しましたし。 ・・・目の前の人間が全て、淡い碧色の、言い換えれば宝石の人型の彫刻になって並んでいらっしゃる。 貴殿はそれを、たった8歳で目になさったのですから。
(・・・・・・・嫌ッ・・・・・!)
さぁ、小生は責務を全う致しました。 この記憶をどうするかは、貴殿次第で御座いますよ、御客人。 辛いのなら、再び此処を訪れるがいい。 その時は小生も<鍵人>として、誠意を御尽くし致しましょう。 さぁ、御客人?
夢は終わった。幻は消えた。
残るは現。
永(とこしえ)の世界に、還られるがいい。
では、行ってらっしゃいませ、ハルリ嬢・・・いえ――――――――――、芦名春璃嬢?
(NO1.>>24)
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そして貴殿は夢から醒めた ( No.26 ) |
- 日時: 2007/12/09 00:20:58
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
「――――――――――ッ!」 がばり、と勢いよく、ベッドから跳ね起きる。 肩で息をしながら辺りを見回すと、何時もの自室だ。 「夢かぁ・・・・・最悪、」 今までの夢の中で史上最悪を誇るであろう悪夢を思い出し、少女は首を振った。 「駄目駄目、思い出すな」 本当に、冗談でもない。 目の前に溢れる、<人であったモノ>。 皆ひとしきり苦悶の表情を浮かべ、まるで彫刻のように、美しい碧色の石と成り果てたそれは―――――――――― 一種の美術品にさえ見え、それが更に気味悪さを誇張していた。 そして、さよなら、と精一杯叫ぶ、女性の姿。 硬質化は喉まで迫り、声帯も震わず、それでも叫ぶ。 ――――――――――さよなら、さよなら、どうか、生きて――――――――――、 「ああもう!」 どうして此処まで鮮明に思い起こすのかと、少女は苛立って。 「本当、ツイてない・・・」 さっさと寝てしまおうと、再び寝転がろうとした、その時。 常に左腕に装着し続けているプロテクターが緩み、肌が見えかけていた。 付け直してしまおうと思い切ってベルトを全て外すと、左腕の肘から少し先にきつく巻かれた布を見つける。 「あれ・・・こんなの、あったっけ」 ―――――確か怪我してて、傷があったからだったかな。 曖昧な記憶を辿り、何気なく布を解いて――――――――――少女は、気付いてしまった。
布の下に、傷などなかったということに。
己の記憶を封じ、その布の存在を無理矢理忘れていたということに。
そして、
布の下の肌があるべき場所には――――ごく僅かに、碧色の半透明な鉱石と化した、肌があったことに。
「――――――――――っぁ・・・・・・・!」
少女の声にならない悲鳴が、夜に響き渡った。
この世は泡沫(うたかた)。この世は現(うつつ)。
恒久の安寧が続く戯曲に、少女は気付かない。
永久(とわ)の凍土を溶かしましょう。
永遠の氷室に閉ざされた、悪夢の記憶を。
少女はやがて事実を知り、己の過去に気付いてゆく。
さぁ、この後は小生も、結末を知りませぬ。
少女がやがて師と仰ぐ者と共に旅に出掛け―――――――仲間と出会い、そして――――――――――、
ああ、いけません。
憶測でものを云うのは小生の悪い癖なのです。
さぁ、貴殿の――――――――――閉じ込めたい記憶は、如何様に?
(NO1.>>24)(NO2.>>25)
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ドルチェキャット! : 帯刀学園 ( No.27 ) |
- 日時: 2007/12/09 11:28:19
- 名前: 沖見あさぎ
- 参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/
- 「ゆうしちゃん、学校にねこは持ち込み禁止ですよぉ?」
生徒会顧問の昏咲花鳴がやんわりと注意すると同時、遊紫のくすぐったそうな笑い声と、猫の鳴き声と、蒼伊の溜息と、瑶廉の欠伸と、蓮見緑路郎の寝息が重なった。 生徒会室。というのは名ばかりで、今では、生徒会と自称する生徒のたまり場となっている場所だった。 宵永も夏野も近江も蓮見も生徒会のメンバーであったが、正式な役職名はない。 ただ、ただ、「生徒会長」として君臨する、ある男のしたで働いているというだけのこと。
「……で? この子を新しく入れるって?」
言いながら蒼伊が、向かい側に座る小さな少年の顔をじいと見つめた。 それに倣って、右隣の瑶廉も、左隣の遊紫も、背後に立っていた花鳴も。 ただ、窓縁に膝を立てて座っていた緑路郎だけは、我関せずというように大きな寝息を立てている。 落下防止のための柵などが無いために、少しでも寝返りを打てば窓から外の植え込みへとダイブしそうな危うい位置だ。 しかし、緑路郎は寝息のわりにはピクリとも動く気配を見せなかった。 腰までの長さの艶やかな黒髪が太陽光線に照らされ、淡い深緑に光っている、。
「…………片桐、龍之介、です………ええと、よろしくお願いします」
八つの瞳に見つめられ、居心地の悪そうに首を竦ませながら、おずおずと少年が名前を名乗った。 ブレザーの左胸についているクラス章を見れば、学年は二年だろうとわかる。 鮮明な黒髪、黒漆の瞳、に、よく透る声。しかし、男にしては微妙に覇気の足りない生徒だった。 これでは不良に絡まれるだろう、と不意に蒼伊は考える。 それを証拠に、隣で同じように龍之介を見ている瑶廉は、俗に言う「貧乏揺すり」をしている。明らかに機嫌が悪い。 龍之介のようなおどおどとした人種は、同じ男として嫌悪が生まれるのだろう。―――その気持ちもわからなくはないが。
「なんで此処に入ろうと思ったの?」 「……クラスの人に、勧められて」
ああやっぱりそういうこと。蒼伊は何故か納得し頷く。 こういう奴は見た目どおり、「流されやすい」性格なのだ。きっと悪ふざけをしたクラスメイトなどが、彼を勧めたのだろう。
遊紫の腕の中の猫が、にゃあ、と一鳴きする。野良猫のせいか、何処となく元気がなかった。 べつに無理して入ることはないんだよ、そう蒼伊が諭すと、ゆるゆると龍之介は首を振った。
「でも……祈嶋さんに、兄さんが君に是非、って言われたから……」
締まりのない龍之介の言葉に、しかし、その場にいた全員(緑路郎以外)の眼が点になる。 祈嶋、とは、二年にいる、生徒会会長祈嶋透吾の義理の妹である千彩のことだ。 彼女自身は生徒会には所属していないが、兄からの言伝を生徒会役員や生徒などに伝えることは多々あった。 その千彩が、兄――つまり透吾が龍之介を誘っている、と言っていたならば。 イコール、透吾の推薦で龍之介は此処に来ているということになる。
「……会長は、何を考えてるんだか」
生徒会に入って何度吐いたかしれない台詞を、蒼伊は溜息まじりに呟いてみせた。
(>>23の続き的な、)
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黒 (呪ってください、その深い黒で誰よりも) ( No.28 ) |
- 日時: 2007/12/09 15:32:52
- 名前: そら
- 参照: http://yaplog.jp/sora_nyanko/
いつからと聞かれるなら、世界が創られたその時から、
創造主が世界を創ったその時から、
そう答えるだろう。
【黒 Episode 0】
周りのざわめきが頭を通り抜けていく。 私は頬杖をついたまま本のページをめくろうとしていた手を止めた。 「今日も難しい本を読んでいますね」 にこりと綺麗に微笑んで、見慣れた顔の少年が私の隣に腰を下ろした。 ため息をつきながらも、私は休めた手を再び動かしページをめくる。 「梢さんはいつも1人ですね、寂しくないんですか?」 「1人の方が楽だから」 「ふーん……まあ、僕がいますから2人ですしね」 ピタリと手が止まる。 この阿呆者はよくもサラリとそんな事を言えたものだ、そもそもの前提を消してどうする。 そんな私の思考をよそに、彼は相変わらずの笑顔だった。 「僕は世界中の誰がいなくても梢さんといられれば幸せです」 「…………」 だからクサイセリフを吐くなってば。
彼はたびたびやってきては、こんな調子で私の邪魔をする。
ある日。 いやに空の晴れた日だった、雲一つない青だった。
(……遅れた) わざとではないが、いつもの時間よりも大幅に遅刻して図書館についた。 町に1つだけの古い図書館だが、種類が豊富だし雰囲気が落ち着く。時々鳴る柱時計の音も好きだった。 どうしても決まった時間にいかなければいけないわけではない。 けれど、 (あいつ……もう帰ったかな) 自分でも驚くことにそんな事を思う私がいた。 重たい扉を開けて、館内に踏む込む。けれど、奥まで入ることはなかった。
誰かの悲鳴が聞こえた。
一瞬の出来事で、よくわからない。 憶えているのは私の前に飛び出した黒い何かが一瞬にして飛び散り、赤く染まっていった事。
気が付くと、私は扉の前で立ち竦んでいた。 私の目の前には私と同じように、もしくはそれ以上に服や顔を汚した彼が立っていた。 彼の右手に握られた刃物から赤い何かが滴っている。 伏せていた顔をゆっくりと上げ、彼は今まで見た事のない表情で私を見た。 その表情の中にあの面影はない。 冷たく凍り付いた、「破壊者」の顔だった。 その表情のまま、彼はいつもの声で呟くように言う。
「……梢さん」
何かが終わる、そして何かが始まるだろう。
私は知っていた、
こうなることを知っていた。
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多くの色に溢れた世界は始まりを告げ ( No.29 ) |
- 日時: 2007/12/10 01:12:14
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- ゆらり、ゆらりと揺れる感覚が襲ってきた。
目を開ければ、黒一色だった視界に色が飛び込んでくる。だが、明るい色は白ぐらいで、他は何処か薄暗く、否、暗く感じた。 その色も、色を纏った何かも、不規則にゆらゆらと揺れている。
おかしい。
不意に脳裏に浮かんだのはその言葉だった。――――――――脳裏? 何故自分は「感覚」を知っている? 何故自分は「目を開ける」という行為を知っている? 何故自分は「黒」を知っている? 何故自分は「視界」を知っている? そもそも、何故自分は「自分」を知覚できている? ゆらゆらと揺れる思考と視界の中、取り留めもなくそんなことを考える。 揺れる視界の中、焦点を合わせた瞳は、色を纏った者達をしっかりと映し始める。白い色は白衣、薄暗い緑と赤は何かのランプ、ランプが付いた濃い鼠色の物体は、幾つもの機械。 白衣を着た人間は何人もそこにいた。男も女も大人も年寄りも関係なく、だ。
おかしい。
と、一人の白衣を着た男がこちらを向いた。 「……おお! 目を開いている……!」 自分を見て嬉しそうに声を上げると、近くにいた他の人間に声を掛ける。その人間が何かを読み上げた。 「聴覚、脳波、共に異常なし」 「他のことが知りたい! 出せないか?」 「恐らく出すことは可能でしょう」 満足げに頷くと、白衣の男は近くを通った白衣の女に声を掛ける。 「あれを出してくれ」 「はい」 こくり、と頷いた白衣の女はすぐに何らかの機械の前へ向かい、機器を弄り始めた。 と同時、ゆらゆらと不規則に揺れていた身体を包んでいた何かが、徐々に減ってきた。どうやら、水に浸っていたらしい。 ならば何故、息が出来たのだ。
おかしい。
水が減ると、自分の身体はゆっくりと下へ降りていった。 やがて水が完全に無くなると、身体は支える物を無くし、金属の床、のようなものに潰れるように寝そべった。 プシュウ、と音を立てて目の前の何かが開く。どうやらそこには硝子が存在していたらしい。 ただ視線を動かして様子を見ていると、硝子が無くなった空間から、先程の白衣の男が入ってきた。 「……完璧だ。そうは思わんかね、イリアス君」 「ええ、本当に」 白衣の男の言葉に、男の後ろから付いてきた漆黒を纏った男が答えた。 漆黒の男の視線が自分の身体を嘗めるように動き回る。まるで値踏みするかのように。 足の先から指の先から頭の先から髪の先まで、何度も何度も視線は繰り返し行き来する。 暫くして満足したのか、漆黒の男の視線は白衣の男へと向かった。 「素晴らしいですね。これで実証されるかもしれませんよ?…………何事も起こらなければ」 ニィ、と漆黒の男の口端が三日月のように吊り上がる。それなのに、その目は全く笑っていなかった。
おかしい。
「解っている。もちろん、何事も起こらないように細心の注意を払うつもりだ」 そう言って、白衣の男は別の白衣の人間を呼びつける。 呼びつけられた白衣の人間は自分に近寄ると、軽々といった様子で自分の身体を持ち上げた。けれど、壊れやすい硝子細工に触れるように慎重な手付きで。 横抱きされたお陰で、自分の身体の様子がよく解った。 肌色しか視界に飛び込んでこないのだ、当たり前と言えば当たり前だ。 そのまま白衣の人間は何処かへと進んでいく。扉を潜り、廊下を歩き、また扉を潜る。 二度目に潜った扉の先には、天蓋付きの大きな寝台があった。白く清潔なシーツがそれには敷かれている。 白衣の人間は自分をそこに横たえると、遅れて入ってきた白衣の女に後を任せ、扉を再び潜っていった。 白衣の女にされるがままになっていれば、肌色が見える部分がどんどんと減っていった。服を着せられているのだ。 服を着せ終えると自分の身体を幾つかのクッションで座れるように支え、白衣の女はまた扉を潜って出ていく。入れ替わるようにして、白衣の男が入ってきた。 「よく似合っているよ、アレッタ」 顔を奇妙に笑みの形に歪め、白衣の男は言う。 ――――――――誰だ、「アレッタ」とは。 寝台に歩み寄り、座らせられたときに身体の周辺へ流れるように散らばった黒髪の一房を手に取る。 その手を口元まで持っていき、更に笑みを深めた。 嫌悪。憎悪。 二つの単語が頭に浮かんでは消えた。 「シルバ」 「…………はい」 白衣の男に呼ばれ、白衣の人間が入ってくる。 歓喜。 今度はその一つの単語が頭を占めた。 「お前がアレッタの世話をするのだ」 「………………解りました」 白衣の男に一礼すると、白衣の人間は自分に近付いてきた。 それを見届け、白衣の男は扉を潜って立ち去る。 部屋には自分と白衣の人間だけが残された。
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やがて生まれた真実を知らせ ( No.30 ) |
- 日時: 2007/12/10 01:13:06
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- シルバとの生活は既に十日を過ぎていた。
三回の食事で一日とし、つまり目覚めてから食事を三十回は取ったことになる。 時間の経過など、窓も時計もないこの部屋では知る由もなかった。 シルバはこの部屋で自分に対し、色々な知識を教えていく。 絵本の読み聞かせから始まり、今では専門書を音読し、図を見せ、知識を吸収させようとする。 けれど、それは全くの無駄だった。 自分はそれらを何故か知っていたし、理解していた。 流石に専門書となると知っている部分と知らない部分、理解できる部分と出来ない部分があったが、それでも殆どの知識を吸収させようという行為は無駄に分類される。 なのに何故、シルバは止めないのか。 簡単だ、シルバは自分がそれらの知識を学ぶ必要がないと言うことを知らないのだ。 最初のうちに、身体の動かし方はシルバによって教えられた。唇の動かし方も教わった。 だが、自分は身体を最低限しか動かさず、唇も表情も動かさずに無言無表情を貫いていた。 怖いのだと思う。 そうすることによって、またあの白衣の男がやってくるのが。 あいつは嫌いだった。一目見た瞬間から嫌いだった。なるべく会いたくない。 だから何も動きを見せなかった。
目が覚めてから二十日目を迎えようとしていた時のこと。 その頃自分はシルバに興味を持ち始めていた。 シルバは自分と接するとき、必ず哀しげな色を瞳に宿す。それと同時に、慈しむような色も。 綺麗な水色の瞳が、そのように色を感情によって僅かに変化させるのを見るのが楽しかった。 そして、その理由を知りたいと思っていた。 機会は思いがけずやって来た。 「あっ」 シルバがしていたロケットペンダントの鎖が切れ、ヘッドが自分の足下まで転がってくる。 それを拾い上げ、何の気無しに開ければ、写真が一枚入っていた。 シルバと、見知らぬ黒髪の有翼人の女性が仲良く写っている写真。 「アレッタ、返して」 言われたとおりに返せば、泣き出しそうな顔をされる。自分は何もしていないはずなのに、胸が締め付けられるような思いをした。 「…………この人はね、エリス・ファータって言うんだよ」 何も聞かない自分に訥々と語り出す。それは独り言に近かった。 「オレがたった一人だけ愛した女性。優しくて、強くて、気高くて。…………素敵な女性だった」 過去形。 ならばこの写真の女性はもう、既に。 「……アレッタ、彼女はね、君に……ううん。君は、彼女に瓜二つなんだ」 そう言われても、自分は鏡を見たことがなかった。鏡がなければ、自分の姿形を知るのは困難だ。 シルバの話は続く。 「どうして彼女は死んだのか。……本当は知ってるんだよ。知ってるんだけど…………どうしても、ね。ここから離れられないんだ」 シルバが何を言っているのか、解らなかった。何を言いたいのかもわからなかった。 だからその時はただ聞き流してしまった。
「……………………」 「………………」 「…………………………」 「……、…………」 扉の方から話し声が聞こえ、目が覚めた。 シルバが来ないときは大抵自分は目を瞑り、時には眠りに落ちている。今回は眠っていたのだが、話し声で覚醒してしまった。 寝台から降り扉に近付けば、話し声がハッキリとはいかなくても、ほんの少しだけ聞こえにくい程度で聞こえてくる。 「…………しかし、エリスにそっくり……」 「仕方ありませんよ。何しろ…………細胞を使っているのだから」 会話が気になった。何故か、途轍もなく。 だから扉に耳を当て、聞き耳を立てた。 「そのお陰かもしれませんね。アレッタが安定したのは」 「ああ。……全く、エリス様々だな」 「彼女が誤って死んでしまった際はどうしようかと思いましたがね」 くつくつと笑い声が聞こえた。 何と言うことだ。何と言うことなのだ。 自分にはエリスというシルバの大事な女性の細胞が使われている。と言うことは、やはり自分は作られた存在で。 いや、それ以前にこいつ等はシルバの大事な女性を見殺しにしたのか?
信じられない。
ふらふらと扉から離れようとしたところで、 「ならきっと、シルバでも成功するな」
今日、シルバを見ていないことに、気がついた。
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そして世界は燃え尽きる ( No.31 ) |
- 日時: 2007/12/10 01:14:40
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- あちらこちらで火の手が上がり、壁も機械も崩れ壊れ、人々は紅い液体を流しながら地に伏していた。
白かっただろう衣服は液体で染まり上がり、けれど熱で半分は渇いてきているだろう。 まだ無事な通路を歩きながら、男はブツブツと呟いていた。 「……くそっ、何でこんな事に。我々はただ創り出すことによってイブレストの存在を確かめたかっただけなのに……!」 ずるずると壁を伝って歩く男の足からは、紅い液体が滴り落ちていた。 「それもこれも、アレッタが……エリスがいたからだッ」 ギリッ、と奥歯を噛み締めて呻くように呪いの言葉を吐く。 けれど、そこで男は気付いた。 「………………違う。道を、間違えた……?」 呆然と立ち止まり、男は目を見開く。 彼は確かにイブレストの存在を確認、もしくは証明したかっただけだった。なのに何故、アレッタを作ることになったのか。 ふ、と男の前に漆黒を纏った男が現れた。 「……イリアス、君」 男は漆黒の男を見つめ、呆然とその名を呟いた。 そう、漆黒の男が来てから研究の方向性が変わっていった。 そしてそれに気付いた優秀な研究員のエリスを、この男が。彼女の恋人を、自分、が。 「あ、ああ……………………っ」 がり、と頬を立てた爪で引っ掻く。 そんな男の様を冷めた目で見つめながら、漆黒の男は口を開いた。 「最期に一つ訂正を。…………我が名は久遠。貴様は役に立った。感謝する、『イリアス』君」 ニィ、と口端を吊り上げる動作だけで笑った漆黒の男は、軽く横に左手を振った。それだけで男の、本当のイリアスの首が飛ぶ。 紅い飛沫が舞うが、それが漆黒の男に降り注ぐ遥か前に、彼はその場から消えていた。
研究員は粗方殺した。 施設も粗方壊した。 なのに、シルバが見つからない。 「…………どこ」 初めて発した声は、随分幼かった。恐らく自分の記憶にある『エリス』の声と無意識に比べているのだろう。 自分の持つ知識は全部、『エリス』の物だった。『エリス』が持っていた物だった。 だからシルバに最初、あの感情を持ったのだ。 自分と『エリス』は違う人間でも、恐らく細胞が記憶していたのだろう。 泣きたくなった。 自分のために死んだ『エリス』。自分と同じものを作るために生命を奪われるかもしれないシルバ。自分が手に掛けた研究員達。 全部全部、自分が生まれなければ存在しない犠牲者達だ。 歩いて歩いて歩き続けて、辿り着いたのは一つの部屋。何故かここだと思った。 『エリス』が導いてくれたのかもしれない。 扉を開けば、中で横たえられているシルバの姿が飛び込んできた。 「っ、シルバ!」 叫んで駆け寄って抱き起こす。 うっすらと目を開けたシルバに、まだ息があることを確認する。 「……………………アレ、タ?」 「喋らないでください……」 彼の傷を探す。 脇腹に深い傷。これが原因だろう。…………もう、助かりそうに、無い。 「……逃げ、て……アレ…………タ。……君は…………生きない、と」 「…………シルバ……」 「オレ、の分も…………エリ……スの、分……も」 無力、だった。 沢山の生命を奪っておきながら、たった一人に対しては無力だった。 だから、シルバの望みを叶えるぐらいしか、出来なかった。 彼の身体を横たえ、部屋を出て廊下を走る。この研究所は地下にある、だから出口は必然的に上に向かえば辿り着くのだ。 『エリス』の記憶が導いてくれていた。 走って走って、研究所から抜け出す直前。人の気配を背後に感じた。 振り返れば、漆黒の男。 「外に出るか」 ぞっとする声だった。背筋が凍り付くような感覚に陥る。 「お前はまだ外に出るには早い。私の下で力を付けろ」 「お断りします」 恐怖に喉が凍り付いて声が絞り出せないのに、誰かが漆黒の男に答えた。 自分の隣にいつの間にか、薄桃色の髪を持った女性が立っていた。 「あなたにこの子は渡さない」 そっと手を身体に回され、抱きしめられる。 「この子に自由を。それがシルバの願いだから」 「…………まあいい。それでなくてもまだ候補はある。……次の世界へ渡るとしよう」 漆黒の男は目を眇め、女性を見つめた。 気丈に振る舞っているが、女性は微かに震えている。それを宥めるように回された手に自分の手を添えると、女性の震えが止まった。 ふわり、と漆黒の男の身体が闇に溶けていく。 それを見送り、自分と女性は漸く離れた。 「……大丈夫ですか?」 「…………誰」 「シルバとエリスの幼馴染み、でした。遅くなってすみません」 女性は自分に頭を下げる。それに首を振り顔を上げさせると、自分は彼女を見つめた。 彼女は自分を見ると、そっと抱き寄せた。 抱きしめて、まるで護るような温めるような、そんな動作だった。 暫くされるがままになっていると、ぼそりと女性は呟く。 「……あの人間の研究は、完璧ではなかったようですね。あなたに触れていると解ります。記憶に障害が出るみたいですね」 記憶に障害。 何時か、この日のことを忘れてしまうのだろうか。 「…………直せない?」 「すみません。……治せないでしょうね。あなたの身体は複雑化してしまっている」 申し訳なさそうに言う女性から目を逸らし、自分は研究室のあった方へと視線を向ける。 何時か、シルバとエリスのことを忘れてしまうのだろうか。 ……でも、それでもいいと思った。 「障害が出るのは、何時」 「……もう暫くすれば」 「そう」 シルバは自分が自由であることを望んだ。ならば記憶からも解放されようではないか。 多くの人間が駆けつける足音が聞こえる。 「…………行きましょう、アレッタ。ここにいたらあなたは捕まる」 「ううん、行かない」 「……どうして」 だって。
「罪は、裁かれないといけないから」
そう思うのはきっと、『エリス』の記憶。 恐らく障害が出た後は、露と消えてしまう今だけの倫理観念。 けれど、今はそれが正しいことだと思うから。 自分は女性の手を解き、裁きを受けるために沢山の大人に大人しく捕まった。 連れて行かれる間際、瓦礫と化した研究所を見て、笑みを作ってみる。 これから自分は自分らしく自分のために生きると、シルバとエリス、そしてあの女性に教えるように。 自分はこれから、アレッタ・ファータとして生きていこう。 シルバとエリスの娘として。
その一ヶ月後、自分の記憶は脆い壁のようにボロボロと崩れ。 やがて全てが消え去った。
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Re: 短筆部文集 3冊目 (行事があってもマイペースに製作中!) ( No.32 ) |
- 日時: 2007/12/14 14:31:35
- 名前: 神凪由華
- 参照: http://happy.ap.teacup.com/04260606/
- 〔ひぐらしのなく頃に〜夢明し編〕
夢を
儚き夢を。
幸せだった。
とても。
とても。
だから、私は・・・・・。
「・・・いちゃ・・・・・・みい・・・・ちゃ・・・・・。」 誰? 誰かが私を呼んでいる。 「み・・・・ちゃ・・・・みい・・・・ちゃん。」 魅ぃちゃん? そう、呼んでいるの? 私をこの名で呼ぶ人は・・・・。
「魅ぃちゃん!!!!魅〜ちゃあ〜ん!!!」 「・・・・ほへ?」 目の前には茶髪の少女。 「レ・・・ナ・・・・?」 「もお〜魅ぃちゃん!休み時間終わりだよ・・・だよ!」 休み・・・・時間・・・? 「私・・・・寝てたの・・・・?」 「何いってるのかな・・・・?かな?魅ぃちゃんが、休み時間寝るから終わったら起こしてって・・・・。」 嘘・・・・。 え・・・・・・・? 私・・・・。 「ここ・・・雛見沢分校・・・・?」 「寝ぼけてるのかな?そうに決まってるよ・・・?」 「お〜い?どうしたんだ??」 「圭ちゃ・・・・ん。」 圭ちゃん・・・・。 「どうしたのですか?」 「魅音さん?寝ぼけていらっしゃるの?」 梨花ちゃん・・・沙都子・・・・・。 「あは・・・・あははははは!!」 「!?どうした!?魅音?」 「いや、何でもない。おじさんちょっとばかし夢を見てたみたいでねえ。」 そうか・・・。 夢だったんだ。 あの惨劇・・・・。
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Re: 短筆部文集 3冊目 (行事があってもマイペースに製作中!) ( No.33 ) |
- 日時: 2007/12/16 10:26:34
- 名前: 玲
- 参照: http://yamituki.blog.shinobi.jp/
- "彼"が動いたのは本当にその瞬間だった。
一発の銃声が辺りに鳴り響き、白い硝煙が銃口から漂う中、それはほんの一瞬の出来事で。 頭を撃ち抜かれるはずだった彼――目標であるアーキュラン・モーリヒィ・ブルドンがかっと目を開き、リエンの持っていた拳銃鮮やかに自分の手に収めた。 その行動に虚を突かれたように固まるリエンを他所に、行き成り状態を起こすとベッドの横に置いてある小棚の引き出しを開け中から何かを取り出した。 その何かの正体が解ったのは、彼がそれをリエンが侵入してきた窓に向かって投げ入れた時。 微かに雲の間から光を送る月のお蔭でそれが何なのか判断でき、同時に驚いた。
――嘘だろ……。
彼が投げたのは手榴弾の類で、ピンを外してから4、5秒で爆発するはずだった。……しかし。 彼は手榴弾が窓を突き破って外に出たことを確認すると、リエンから奪った拳銃でそれを撃ち抜いた。 けたたましい爆音が周囲を賑わせ、それと共に外の喧騒が聴覚を刺激した。
「な、何だ? 何が起こった!」「わからねえ、急に空が光っ……ぐっ、うわっ」「おい! どうした、おい! ……っ」
正直、何が起きたのかリエンには全く理解出来なかった。 ただ気が付いたら外の喧騒も止んでいて、同時に目標の少年が自分の隣から姿を消していることに気が付いた。
――そんな、いつ……。
まだ駆け出しだが、万屋として闇に紛れて行動することには慣れていると思っていた。 危険な仕事を行う時は神経を研ぎ澄ませ集中しなければならないし、だから動く人の気配を探るなど簡単だと。 けれど今、自分の常識を覆す存在がそこにいた。 暗闇の所為で彼の表情は伺えないが、息一つ乱していない。 今度はちゃんと動きを把握できたし、割れた窓から彼が中に戻ってきたことも理解できた。 なのに……肝心な彼の正体が、全くもって不明だった。
まだ若くして命を狙われる少年。 それもあの報酬の額からすれば相当な恨みを買っているのだろう。 そして先刻の人間離れした俊敏性、行動性――銃の腕。 アーキュラン・モーリヒィ・ブルドンと言う名の……
「……まてよ?」
そこまで考えて、リエンはハッとした。 この名前、確かにどこかで聞いたことがあると、そう思っていた。 そして、今張り巡らせた思考、情報が確かならそれは……。
雲が遠慮するように月明かりの道をつくり、照らされた部屋の中で、"黒猫"は口端を吊り上げた。
(>>22の続き)
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