Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.92 ) |
- 日時: 2007/06/27 23:32:40
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- ギィン、と鉄同士がぶつかり合う鈍い音が響いた。
何度こうして剣をあわせているのだろうか。何度相手をはじき返しているだろうか。 そんなこと、頭の片隅でさえ考えられなくなってきていた。 薄く開いた口から息を吐く。吐ききってから新しい空気を肺に取り込んだ。 濃い血臭が鼻を突くが、もうそれにいちいち顔を顰めることはなくなった。 ようは慣れと集中力と気力の問題なのだ、こういう物は。 ただただ目の前の相手と対峙する。目の前の相手だけに集中する。 黒衣の剣士がそこにいた。 漆黒の髪に、闇色の瞳。夜色のローブを纏い、唯一白銀に輝く刃を振るっているその姿は美しい。 白い肌に映える黒。けれど瞳には一切の感情が灯っていなかった。 たとえ自分と何度刃を交えようとも、感情がその瞳に表れることはない。 否。 黒衣の剣士に感情などあるのだろうか。 顎を伝って地面に滴り落ちる汗が気持ち悪い。だが、拭うような隙を見せれば最期だ。
(くそ……っ)
焦れったくなってくる。 こちらはもう体力の限界に近付いていた。なのにあちらは涼しい顔で攻撃を流し、捌き、仕掛けてくる。 化け物かと思う。実際思っている。 そんな奴の身体が、一瞬揺れた。隙が出来た。
(もらった!)
一気に距離を縮め、その細い身体に白銀に輝く刃を突き立てる。 肉を裂く感触と、灼熱の痛みが襲ってきた。 喉の奥から熱い塊が迫り上がってくる。 けほ、と咽せてみれば、紅い血が飛び散った。
「……………………え?」
刃が突き刺さったのは奴なのに。 どうして自分が致命傷を負っているのだ? よくよく見れば、奴の顔は――――――――自分の顔、だった。
(ああ、こんなにも無表情で、自分は戦っていたのか)
死神とまで自分が呼ばれた所以が解った気がした。 目の前から奴が消える。 それと同時に、視界が暗転した。
その洞窟に近寄るなかれ。 巨大な獣にその身を食われ、闇に堕ちたくないのなら。
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.93 ) |
- 日時: 2007/06/28 17:43:32
- 名前: 涼
- (続き・・・)
ただ単に彼が学校を休んだから 学校から同じ方面の私がプリントとかいろいろ届けに行っただけだった だからポストにプリントを入れてすぐに帰ろうと思っていたのだけれど ばったり玄関先で彼と会ってしまって 流れ的に家に入れてもらうことになった
少しの興奮と
少しの不安と
それらを片手ずつに携えて、今まで外から見てきた彼の内側の世界を覗き込む 家(なか)にあるのは時代にそぐわない風鈴・畳・障子にちゃぶ台
その中でも一際目に映えるものが 赤い金魚が入った金魚鉢
ゆらゆらと左右に揺れる金魚 それは生きているモノの揺れ方ではなく 水に漂うモノの揺れ方だった
一気に私の背には冷や汗が走った
ここでは全ての時間が止まってしまう 死んだ金魚のように
その中に、この空間に彼は縛られているのだ 決して逃げる事は許されず あの金魚のようにただ死んでゆくしか道は残されていない
あまりにもここにいる事が怖すぎて 私にはいてもたってもいられなかった
今も 彼は あの 空間で 過ごして いるのだろうか?
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.94 ) |
- 日時: 2007/06/29 22:34:30
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- あの人は、黒い獣だ。
それも肉食の。黒豹。 だからだろうか、あの人にはとても。
「Belligeroって言葉、よく似合うよね……」 「あん?」 「…………独り言」
黒衣の死神、もとい家庭教師が側にいる時に言葉に出すんじゃなかった。 だだっ広い屋敷の中、絢爛豪華な家具に囲まれて。 一体どうしてそんなこと考えたんだったか。
「誰が好戦的だって?」 「聞こえてんじゃん」 「当たり前だ。オレを誰だと思ってやがる」 「…………家庭教師?」
銃を構える音がした。 でも本当のことなんだからいいじゃないか。 ベッリージェロ、と口の中で小さく呟いてみる。 イタリア語で「交戦好きな・闘争好きの」と言う意味を持つその言葉は本当に、あの人のためにあるかのように感じる。
「……雲」 「ああ、アイツか」
納得したかのように頷くと、家庭教師は銃を仕舞う。 ……ああ、思い出した。 確かこの家庭教師の横暴さに項垂れていたのだ。いつものことだと諦めながらも。 そこでもう一人思い出してしまった。横暴で、身勝手で、俺様な人を。 今ではすっかり慣れたイタリア語でぴったりな言葉があったと思考を繋げてしまったからさあ大変。 まぁでも、今は。
「で、現実逃避は終わったか?」 「…………はぁ」
目の前の書類の山という現実に、戻っていかなければいけないのだ。
――――――――――――――――――――――――― お題提供サイト「蒼灰十字」 選択式お題・イタリア語「belligero」 http://members3.jcom.home.ne.jp/i-wish-to-be-a-star/index.html
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.95 ) |
- 日時: 2007/06/29 23:55:30
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 見上げる江戸の空は、今日も青い。
青色の絵の具をぶちまけたような、雲ひとつ無い空だ。 こんな空の色を天色と言うのだと、博識の友人が言っていた。
「・・・・・・・・・ふー」
縁側に寝転がり、着物の裾を手で弄びながら、そんなことを考える。 今だって、信じられなかった。 こんな世界に飛ばされた、いや「閉じ込められた」ことも、自分が「白紙」などという仰々しい立場だということも。 犬神の憑いた少女に出会ったことも、数年前に此処に飛ばされた元の世界、「彼岸」の知り合いに出会ったことも。
「・・・・・・・・・・・何でだろ」
全てが、信じられなくて。 今まで現実味のない、当たり障りのない毎日を過ごしてきた自分には、あまりにもこの世界は新鮮すぎて。 時々、解らなくなった。
見上げた空に手を伸ばす。 掴めやしないと解っているけれど、その掌を握り締めた。 この綺麗な天色の空も、現実じゃないのかもしれない。 友人が言っていた「歴史ゲーム」なのかもしれない。 今まで起こったことも。 今まで出会ってきたすべての人も。 全部、幻かもしれない。 それでも。 この世界で出会い、感じて、触れたこと、もの、全ては自分の記憶の中にある。 それを信じていけば、案外やっていけるかも、と少し気が楽になった。
―――――――気付いたら背後に、何やってんだ、と苦笑する友人達の姿があって、俺は彼等に笑い返した。
(自作10題:「天色の空」より)
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(銀魂 沖田結核ねた6。) ( No.96 ) |
- 日時: 2007/07/01 16:34:39
- 名前: 黒瀬
- 参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/
- いつものように、障子を開けたら、
いつものように、彼は血を吐いていた。
けほ、けほ、けほ。異様に規則正しく咳をしながら、朱色に染まった口元ごと沖田くんはこちらを向いた。 「……旦那」 見苦しいところをお見せして、なんて言ってからりと笑う彼に近づく。 こうなることを見越して置いておいた手拭で、沖田くんの口元と、手のひらを拭いてやった。 「すいやせん」 されるがままに拭かれながら、肩を竦める沖田くん。その顔には、遣る瀬無いような表情があらわに浮かんでいた。 「気にすんな」 いつものことだろ。そう言ってやると、彼は、そうですねィ、とぼんやり呟いた。 それから暫し無言、二人揃って縁側の外を見つめていたけれど、不意に沖田くんがこっちを振り返る。 「旦那ァ」 「あァ?」
「おれを、ころしてくれませんかィ」
空気が一瞬にして変わった。 少なくとも、俺はそう感じ取った。 びっくりして相手を見ると、(光から顔を背けたせいで沖田くんの顔には陰が落ちていたけど、)彼は真剣な表情をしていた。 「こんなみっともねえ姿晒して最期を迎えるより、 旦那の華麗な剣技をこの身に受けて散ったほうが俺好みでさァ」 いつもとかわらぬ、からりとした口調。 けれどそれだけに声音には切実な思いがこめられていた。 俺は急に、目の前の少年が意地らしくなって、眉を寄せる。 そして、彼の前髪をくしゃりと乱す。 「バカヤロー、何言ってンだ。お前らしくねェ」 本当は、こんなとこで死にたくなんてないんだろうが、お前は。 そんなふうに言ってやると、沖田くんは、とても透明な笑顔を浮かべてもう一度、俺に謝った。 彼の笑顔を見ながら、俺は考えていた。 (いつから、こいつの笑顔、泣いてるみたいに見えるようになったんだろう)
―――そして、或る春の晴れた日。沖田総悟は、死んだ。
(>>83のつづき)
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.97 ) |
- 日時: 2007/06/30 11:24:00
- 名前: 深月鈴花
- 参照: http://ameblo.jp/rinka0703/
- 花がたくさん飾られ、その真ん中に笑ってる彼の写真があった。
それまで全然実感なんてわかなかったのに・・・ その写真を見たときにどうしようもない喪失感が私の中に渦巻く。 みんなみんな、黒い服で、泣いてる。 ねぇ、なんで? 死んじゃうなら、なんであの日なんで帰ってきたの? 会わないまま、世界のどこかで死んでくれたほうが、よかったよ・・・? 私、最後まで素直になれなかったね。 最後までアンタに好きって言ったこと、なかった。
だいすきだったよ、ありがとう。
空が青く、蝉の声がする夏の日だった。 携帯も繋がるか繋がらないかの小さな田舎町。
そこでわたしのあいするしょうねんは、えいえんのねむりにつきました。
小説の最後の一文は、私の心を崩すのに、十分だった。
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.98 ) |
- 日時: 2007/06/30 17:19:24
- 名前: 阿是羅◆T/m6vOA2DTM
- 彼女と僕は学校の屋上の上から下をじっと見ていた。
雨が降っているのに傘もささずに。 彼女の綺麗な薄茶色の髪からは、ポタリポタリと雨粒が滴り落ちた。 僕はただ、その光景を彼女の隣でジッと見ているだけだった。 すると、急に彼女は薄紅色の唇を開いた。 「あたし、思うの。」 ゆっくりと首を動かして僕の瞳をみて言った。 「毎日、毎日・・・同じことを繰り返すだけ。何かあったとしてもそれがいつまでも続くわけじゃないし。」 何故、彼女がこんなことを言うのか僕には理解出来なかった。 だけど、この後彼女が何をしようとしているのかは手に取るかのように分かった。
“自殺”
僕の目の前で彼女は、ここから下へおちようとしている。 ゾワッと鳥肌がたった。傘もささずに雨に打たれているせいもあるけれど、実際は事の始まりに少し恐怖を感じているのだろう。 フッと彼女を見やった。 大きな瞳からは本物の涙なのか偽物の涙なのか分からないけど一筋の粒が頬伝った。 「あと何十年。ずっとこんな毎日を過ごすかと思うと、生きる気力もなくなってくるよ・・・。」 彼女はふふっと弱弱しく笑みをこぼした。 その後彼女はゆっくりと前へ歩き出し、あと一歩で下へおちるという所で止まった。 その時雨は、弱くなるどころかどんどん強くなっていった。 「・・・これでやっと、楽になれる。」 彼女は僕にそう言った後、とても綺麗に微笑んで雨粒とともに下へおちた。
その後、僕はゆっくりと上から彼女がおちた所を見た。 雨は、死んだ彼女から流れ出る血を薄くしていた。 よく見ると彼女の表情は幸せそうに微笑んでいた。
そして僕は、その場から立ち去った。 その時、頭に彼女の声が響いたような気がする。
“あたしが選んだ道、間違ってないよね・・・?だって、これで楽になれたんだから・・・―――――。”
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.99 ) |
- 日時: 2007/06/30 18:03:47
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- 「……時々、現実逃避したくなるコトってありませんか」
「無いね」
即答された言葉に、壁に背を預けながら溜息を吐く。 茶色い髪の青年と、黒い髪の青年。どちらも着込んでいるのは黒いスーツ。 背の低い茶色い髪の青年はもう一度溜息を吐くと、隣にいる黒い髪の青年を見上げる。 鋭い捕食者のような眼光をその黒い瞳に宿した青年は、腕を組んだまま壁の終わりから、つまり曲がり角から向こうを見ている。 乾いた発砲音と同時に、青年は壁のある方へ少し身体を移動させた。 茶髪の青年はずりずりずり、と身体を壁に預けながらしゃがみ込むと、掌の中の黒い塊に視線を向ける。
「オレは今、まさにその時の最中です」 「そう。別にそれはいいんだけど、僕はいつまでここにいればいいわけ?」
言外に早く移動してよね、と言われているようだ。 現実逃避を強いている原因の一つに、黒髪の青年の存在もあると知ったら恐らく、茶髪の青年に明日はない。 もしも茶髪の青年が持つその思考を読める者がいれば、そこまではいくら何でも、と思うだろう。 けれど、黒髪の青年と長く付き合っている人間が見れば恐らく、茶髪の青年に同情の眼差しを送るのだ。 黒髪の青年は、それほど一部には畏れられている。
「……一人で行っていいですよ」
その方が早く終わるだろうし、何より自分の身に危険が少ない。 言外にそう含めながら茶髪の青年は黒髪の青年を見上げる。しゃがみ込んでいるので見上げる角度がきつかった。
「出来るものならさっさとしてるよ。でもそんなことをしたら、あの忠犬が五月蠅いでしょ」
尤もなことを言われて黙ってしまう。 恐らくそうなったら、茶髪の青年が何と言おうと忠犬と呼称された人物はこの黒髪の青年に喧嘩を売るのだろう。 そして「また」、何かが破壊されるのだ。大なり小なり。 黒い塊を持った手で思わず頭を抱えてしまう。 鈍く光を弾くそれは、拳銃。リボルバーではなく、オートマの方だが。 更に言えば、青年同士が会話している間、ひっきりなしに爆音と乾いた発砲音が聞こえていたりする。 黒髪の青年が、視線に力を込め始めた。その視線に少しずつ殺気が混ざっていく。 溜息を一つ付くと同時にコック&ロックしたままのCz75を懐に入れると、逆にグローブを取りだした。
「解りました。…………行きましょうか」
茶髪の青年の行動に満足そうに笑みを浮かべると、黒髪の青年はどこに隠していたのか、銀色の棒を二本取り出す。 否、それは棒ではない。銀色に輝く一対の凶器だ。 嬉々とした顔で笑みを浮かべる黒髪の青年にもう一度溜息を吐き、グローブを填めた茶髪の青年は銃声轟く中へ身を投じた。
(とりあえず、早めに終わらせよう)
黒髪の青年の相手する人間の身を案じながら。
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.100 ) |
- 日時: 2007/07/01 00:32:35
- 名前: 玲
- 参照: http://monokuro00labyrinth.web.fc2.com/
- 響き渡る銃声は、少なからずその場にいた少年の聴覚を刺激した。
「あ………………」
立て続けに火を噴く銃口、震える空気。 目の前で崩れ落ちていく、一人の女性。 それはたった一人自分を愛してくれた、愛おしくて愛おしくてたまらない、唯一の――。
「せ……りあ、さん…………?」
赤い液体をその身体からしぶき上げながら、人形のように倒れる女性。 音という概念が存在しないかのように思われる世界の中で、静かに女性の身体は床にうつ伏せになった。 少年は震えていて、だから彼女の身体を支えることも、それに近づくこともできない。 彼女を撃った人間の姿はもう其処にはなく、少年も追う気はなかった。というよりは、追えるだけの気力もなかった。 少年の膝もその場に折れ、真っ赤に染まった彼女の身体が先刻よりはっきり見えた。
「セリア、さ……。そん……な、どうして……っ」
血にまみれた彼女の身体に、それとは正反対の白藍の滴が落ちる。 その滴に反応するように、彼女の身体がぴくっと動いた。 ゆっくり、本当に慎重に身体をうつ伏せから仰向けに直し、彼女は少年の顔を見た。 泪で溢れているその顔はくしゃくしゃで、彼女はふっと微笑んだ。
「いい男が台無しだな」
もう動かないと思っていた彼女の目覚めに、少年は安堵したように大きな声を出した。
「情けない声を出すな。男がめそめそ泣くもんじゃないよ。……お前は、あたしの息子だろう?」
確認をとるかのような彼女の問いかけに、少年は一度大きく首を動かした。 泣くなと言われ、だから少年は両手でごしごしと泪を拭う。 けれどまた流れてきて、いくら拭いても泪は止まらなかった。
「……まったく、お前は、まだまだ弱いなあ」
これじゃあ先が思いやられる。そう言って苦笑し、彼女は付け足した。
「本当ならもっと傍にいてやる予定だったんだけどね。そうも言ってられな……」
ごほごほっ。そこで彼女は大きく咳き込んだ。咳と一緒に血の塊も外に飛び出してくる。 せりあさんっ、と彼女の名を呼んだ。 彼女はもう動かないはずの手を、力を振り絞って、少年の頬に添えた。
「リエン、笑っ……て…………」
彼女の願いの意図が解らなかったけれど、少年は微笑んだ。 少年の大きな目から大量の泪が溢れ、頬を伝い、彼女の手までも濡らす。 けれど少年はそれでも微笑み続けた。 本当は大声で泣き叫びたかった。でも微笑んだ。 それがきっと彼女の最期の、最期で唯一の、≪お願い≫だったから――。 少年の笑顔を最期に、彼女の手は力を失くし少年の頬を滑り落ちた。
「セリア、さん……? セリアさんっ、セリアさん!」
止まることのない白藍色の泪が、洪水のように少年の目から溢れ出した。
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栞様サイト 暁四重奏より 「白藍の泪をおとして、あなたは哂う」をお借りしました。
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Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.101 ) |
- 日時: 2007/07/02 22:48:39
- 名前: 黒瀬
- 参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/
- 「副長っ!」
甲板で黒衣の男が風を浴びていると、ふいに後ろから聞きなれた声が鼓膜を震わせた。 黒衣の男は振り返って、山崎か、と部下の名を呼ぶ。 山崎、と呼ばれた青年は、「報告します」とよくとおる声で言った。 「沖田隊長が、五月三十一日、江戸にて病死されたのことです……!」 どくん。男の心臓が高鳴る。 "報告"にしては、この場に居る二人にとって、あまりに重過ぎる報であった。 山崎のほうも、鼻が朱く、目元が潤んでいる。 しかし対峙する男は。 「………そうか」 そう言ったきり、再度甲板の先――北に続く海へと視線を戻してしまった。 そんな様子の男に、山崎は一通の手紙を差し出した。 「――万事屋の旦那からです」 呟いて、男の手に手紙を握らせる。それからは無言で、船内へと駆け戻っていった。
手紙を読み終わると、雨が降っていることに気付いた。 紙が濡れている。ぽたぽたと、水滴をこぼしたようなしみが、文面を滲ませていた。 ――空からは、雨などは降っていなかった。 ただ、ただ、自らの瞳から、久しぶりに雨が流れたことを、男は知った。
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